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「太平記」諸将被進早馬於船上事(その1)

都には五月十二日千種ちくさとうの中将ちゆうじやう忠顕ただあき朝臣・足利治部の大輔たいふ高氏たかうぢ・赤松入道円心ゑんしんら、追ひ追ひ早馬を立てて、六波羅すでに没落せしむるの由船上ふなのうへへ奏聞す。これによつて諸卿僉議せんぎあつて、すなはち還幸可成いなやの意見を被献ぜ。時に勘解由かげゆ次官じくわん光守みつもり諌言かんげんを以つて被申けるは、「りやう六波羅すでに雖没落、千葉屋ちはや発向はつかうの朝敵らなほ畿内に満ちて、いきほ京洛きやうらくを呑めり。また賎しきことわざに、「東八箇国の勢を以つて、日本国の勢に対し、鎌倉ぢゆうの勢を以つて、東八箇国の勢に対す」といへり。されば承久しようきうの合戦に、伊賀の判官はうぐわん光季みつすゑを被追落し事は容易かりしかども、坂東勢重ねて上洛しやうらくせし時、官軍くわんぐん戦ひに負けて、天下久しく武家の権威けんゐに落ちぬ。今一戦の雌雄しゆうを測るに、御方はわづかに十にしてその一二を得たり。『君子は不近刑人』とまうす事候へば、しばらくただ皇居くわうきよを被移候はで、諸国へ綸旨りんしを被成下、東国の変違へんゐを可被御覧ぜや候らん」と被申ければ、当座たうざの諸卿悉くこの議にぞ被同ける。




都では五月十二日千種頭中将忠顕朝臣(千種忠顕)・足利治部大輔高氏(足利高氏)・赤松入道円心(赤松則村のりむら)らが、次々に早馬を立てて、六波羅探題はすでに没落したと船上(現鳥取県東伯郡琴浦町)に奏聞しました。これにより諸卿に僉議させ、すぐさま還幸するべきかどうか意見を求めました。この時勘解由次官光守(高倉光守)が、諌言して申すには、「両六波羅はすでに没落いたしましたが、千葉屋(現大阪府南河内郡千早赤阪村)に発向の朝敵らはなおも畿内に満ちて、その勢いは京洛まで達しております。また賎民の諺に、「東八箇国の勢は、日本国の勢に相当し、鎌倉中の勢は、東八箇国の勢に相当する」と申しております。承久の合戦で、伊賀判官光季(伊賀光季)を追い落とすことは容易いことでございましたが、坂東勢が重ねて上洛した時、官軍は戦いに負けて、天下は久しく武家の権威に落ちたのでございます。今一戦の雌雄を計れば、味方はわずかに敵の十のその一二を得ただけです。『君子は刑人に近付かず』と申しますれば、今しばらくは皇居を移すことなく、諸国へ綸旨([蔵人が天皇の意を受けて発給する命令文書])を下されて、東国の変移をご覧になられるのがよろしいでしょう」と申したので、当座の諸卿は残らずこの議に同意しました。


続く


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by santalab | 2016-02-26 07:25 | 太平記 | Comments(0)

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