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「太平記」長崎新左衛門尉意見の事付阿新殿の事(その6)

阿新殿くまわかどのこれをうれしと思ふに付けても、同じくは父のきやうく見奉ばやと云ひけれども、今日明日けふあす斬らるべき人にこれを見せては、中々黄泉路よみぢさはりとも成りぬべし。また関東くわんとうの聞こへもいかがあらんずらんとて、父子の対面を許さず、四五町隔たつたる処に置きたれば、父の卿はこれを聞きて、行末ゆくへも知らぬ都にいかがあるらんと、思ひ遣るよりもなほ悲し。子はそなたを見遣りて、浪路なみぢ遥かに隔たりしひなの住まゐを思ひ遣つて、心苦しく思ひつる泪は更に数ならずと、袂の乾く隙もなし。これこそ中納言のをはします楼のうちよとて見遣れば、竹の一叢ひとむら茂りたる処に、堀掘りまはし屏塗つて、行きふ人も稀なり。情けなの本間が心や。父は禁篭せられ子は未だをさなし。たとひ一所に置きたりとも、何程の怖畏ふゐかあるべきに、対面をだに許さで、まだ同じ世の中ながらしやうを隔てたる如くにて、なからん後の苔の下、思ひ寝に見ん夢ならでは、相看あひみん事もあり難しと、かたみに悲しむ恩愛の、父子の道こそあはれなれ。




阿新殿(日野邦光くにみつ)はうれしく思いながらも、同じくは父の卿(日野資朝すけとも)に早く会いたいと申しました、(本間泰宣やすのぶは)今日明日斬らるべき人に子を会わせては、黄泉路の障りとなるであろう。また関東に聞こたならばどうなることかと、父子の対面を許さず、四五町隔てた所に留め置いたので、父の卿はこれを聞いて、行末も知らぬ都でどうしているのだろうかと、思い遣るよりもさらに悲しく思いました。子は父の方を眺めて、浪路遥かに隔てた鄙の住まいを思い遣って、心苦しく思っていた涙は物の数ではなかったと、袂が乾く隙もありませんでした。これこそ中納言がおられる楼の中よと眺めれば、竹が一叢茂った所に、堀を掘り廻らし屏を塗って、行き通う人も稀でした。情けのない本間の心でした。父は禁篭され子はまだ稚なくありました。たとえ一所に置いたところで、何ほどの恐れもあろうはずもありませんでしたが、対さえ許さず、まだ同じ世の中にありながら生を隔てたように、亡き後の苔の下を、思い寝に見る夢のほかには、会うことも叶ぬのかと、互いに悲しむ恩愛の、父子の道こそ哀れでした。


続く


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by santalab | 2016-02-26 08:30 | 太平記 | Comments(0)

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