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「太平記」諸将被進早馬於船上事(その2)

しかれども、主上しゆしやうなほ時宜しぎ定め難く被思召ければ、みづか周易しうえきひらかせ給ひて、還幸くわんかうの吉凶を蓍筮しぜいに就けてぞ被御覧ける。御占師うらなひに出でて云はく、「師は貞し、丈人吉無咎、上六大君有命、開国承家。小人勿用。王弼注云、処師之極、師之終なり。大君之命不失功なり。開国承家、以寧邦なり。小人勿用、非其道なり」と注せり。御うらなひすでに如此。この上は何をか可疑とて、同じき二十三日にじふさんにち伯耆はうき舟上ふなのうへを御立ちあつて、腰輿えうよ山陰せんおんの東にぞ被催ける。路次ろし行装ぎやうさう例に替はりて、頭の大夫行房ゆきふさ勘解由かげゆ次官じくわん光守みつもり二人ににん許りこそ、衣冠いくわんにて被供奉けれ。その外の月卿雲客げつけいうんかく衛府諸司ゑふしよしの助は、皆戎衣じゆういにて前騎後乗ぜんきこうじようす。六軍りくぐん悉く甲冑かつちうを着し、弓箭を帯して、前後三十さんじふ余里に支へたり。




けれども、主上(第九十六代後醍醐天皇)はなおも時宜([時がちょうどよいこと。適当な時期・状況])定め難く思われて、周易に照らし合わせて、還幸の吉凶を蓍筮([占い])に委ねました。占師の卦に、「占いは以下の通り、丈人([長老])なれば吉にして咎なし、上六のこう([易の卦を組み立てる横の画])の意味するところ命あり、国を開き家を継ぐ。小人を用いることなかれ。王弼(中国三国時代の魏の学者・政治家)が記すところ、この占いが意味するところは、以下の通りです。大君は命を全うされるでしょう。国を開き家を継いで、国家は安泰でありましょう。ただし小人を用いてはなりません、道は閉ざされることでしょう」と記してありました。占いはこうでした。この上は疑いなしと、同じ五月二十三日に(後醍醐天皇は)伯耆の舟上(現鳥取県東伯郡琴浦町)を立たれて、腰輿([輿の一。前後二人で,手で腰のあたりの高さまで持ち上げて運ぶもの])に乗られて山陰道を東に向かわれました。道中の行装([旅行の際の服装])はいつもとはまるで違って、頭大夫行房(一条行房)・勘解由次官光守(高倉光守)二人ばかりが、衣冠を身に付けてお供しておりました。そのほかの月卿雲客([公卿と殿上人])・衛府諸司の助は、皆戎衣([戦の場に着て出る衣服])で前騎後乗([行列の前後を騎馬で行くこと])しました。六軍([軍隊])は一人残らず甲冑を着、弓箭を帯して、前後三十余里を固めました。


続く


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by santalab | 2016-02-27 07:38 | 太平記 | Comments(0)

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