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「太平記」長崎新左衛門尉意見の事付阿新殿の事(その8)

このほど常に法談ほふだんなんどし給ひける僧来たつて、葬礼さうれい如形取り営み、空しきこつを拾うて阿新に奉りければ、阿新これを一目見て、取る手もたゆたふれ伏し、「今生こんじやうの対面遂に叶はずして、替はれる白骨を見る事よ」と泣き悲しむもことわりなり。阿新未だ幼稚えうちなれども、健気なる所存ありければ、父の遺骨ゆゐこつをばただ一人召し仕ひける中間ちゆうげんに持たせて、「先づ我より先に高野山かうやさんまゐりて奥の院とかやにをさめよ」とて都へかへし上せ、我が身はいたはる事ある由にてなほ本間がたちにぞ留まりける。これは本間が情けなく、父を今生こんじやうにて我に見せざりつる鬱憤を散ぜんと思ふゆゑなり。かくて四五日経けるほどに、阿新昼は病む由にて終日ひねもすに臥し、夜は忍びやかに抜け出でて、本間が寝処ねところなんど細々に伺うて、隙あらばかの入道父子ふしあひだに一人刺し殺して、腹切らんずるものをと思ひ定めてぞ狙いける。




このほどいつも法談などをしている僧が訪ねて葬儀を型通り営み、空しくなった骨を拾って阿新丸に手渡すと、阿新丸はこれを一目見て、取る手も危なげに倒れ伏し、「今生の対面遂に叶わず、白骨を見ることになるとは」と泣き悲しむのも当然のことでした。阿新丸はまだ幼くありましたが、健気なところがありましたので、父(日野資朝すけとも)の遺骨をただ一人召し使う中間([武士の下位の者])に持たせて、「わたしの先に高野山に参って奥の院とか申す所に納めよ」と言って都へ帰し上せ、阿新丸は体調が思わしくないと言ってなお本間(本間泰宣やすのぶ)の館に残りました。これは本間が情けなくも、父を今生で阿新丸に会わせなかった鬱憤を晴らそうと思ってのことでした。こうして四五日経るほどに、阿新丸は昼は病気の振りをして終日寝たままでしたが、夜になると忍びやかに抜け出て、本間の寝所を余さず窺い、隙あらばこの入道父子のどちらかを一人刺し殺して、腹を切ろうと覚悟を決めて狙いました。


続く


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by santalab | 2016-02-27 07:49 | 太平記 | Comments(0)

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