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「太平記」長崎新左衛門尉意見の事付阿新殿の事(その9)

ある夜雨風烈しく吹いて、とのゐする郎等らうどうどもも皆遠侍とほさぶらひに臥したりければ、今こそ待つ処のさいはひよと思うて、本間が寝処ねところの方を忍びて伺うに、本間が運や強かりけん、今夜は常の寝処を替へて、いづくにありとも見へず。また二間なる処にとぼしびの影の見へけるを、これはもし本間入道が子息にてやあるらん。それなりとも討つて恨みを散ぜんと、抜け入つてこれを見るに、それさへここにはなくして、中納言殿を斬り奉りし本間三郎と云ふ者ぞただ一人臥したりける。よしやこれも時に取つては親のかたきなり。山城入道に劣るまじと思うて走り懸からんとするに、我は元より太刀も刀も持たず、ただ人の太刀を我が物と憑みたるに、燈殊に明らかなれば、立ち寄らばやがて驚き合ふ事もやあらんずらんと危ぶんで、左右さうなく寄りず。いかがせんと案じわづらうて立ちたるに、折節をりふし夏なれば灯の影を見て、蛾と云ふ虫の数多あまた明かり障子しやうじに取り付きたるを、すはや究竟くつきやうの事こそあれと思うて障子を少し引き開けたれば、この虫数多内へ入つてやがて灯を打ち消しぬ。今はかうとうれしくて、本間三郎が枕に立ち寄つて探るに、太刀も刀も枕にあつて、主はいたく寝入りたり。先づ刀を取つて腰に差し、太刀を抜いてむな元に指し当てて、寝たる者を殺すは死人に同じければ、驚かさんと思つて、先づ足にて枕をはたとぞ蹴つたりける。蹴られて驚く処を、一の太刀にほぞうへを畳までつと突きとをし、かへす太刀に喉笛のどぶゑ指し切つて、心閑しづかに後ろの竹原ささはらの中へぞ隠れける。本間三郎が一の太刀に胸をとほされてあつと云ふ声に、番衆ばんしゆども驚き騒いで、火をとぼしてこれを見るに、血の付きたる小さき足跡あり。「さては阿新殿くまわかどののしわざなり。堀の水深ければ、木戸より外へはよも出でじ。探し出だつて打ち殺せ」とて、手に手に松明をとぼし、木の下、草の陰まで残る処なくぞ探しける。




ある夜雨風が激しく吹いて、宿直する郎等([家来])どもも皆遠侍([武家の屋敷で、主屋から遠く離れた中門のわきなどに設けられた警護の武士の詰め所])できるとも寝ていました、今こそ待った甲斐があったと思い、本間(本間泰宣やすのぶ)の寝所の方に忍んで窺いましたが、本間の運が強かったか、今夜はいつもの寝所を替えて、どこにいったか姿は見えませんでした。また二間の所に燈の影が見えたのです、これはもしや本間入道の子息ではないか。子息であろうと討って恨みを晴らそうと、抜け入って見れば、子息もここにはなくて、中納言殿を斬った本間三郎と言う者がただ一人で伏していました。これも考えてみれば親の敵よ。山城入道(本間泰宣)に劣るまいと思って走りかかろうとしましたが、阿新丸は太刀も刀も持たず、ただ人の太刀を頼みにしていましたが、燈がとても明るくて、近付けばたちまち気付かれるかも知れないと危ぶみ、軽率に近付くことができませんでした。どうしたものかと考えていましたが、ちょうど夏でしたので灯の影を見て、蛾という虫がたくさん明かり障子に取り付いていました、究竟([極めて都合がよいこと])よ起これと願って障子を少し引き開くと、この虫がたくさん内へ入ってたちまち灯を打ち消しました。上手くいったとうれしく思い、本間三郎の枕元に立ち寄って探ると、太刀も刀も枕にあって、主はぐっすり寝入っていました。(阿新丸)まず刀を取って腰に差し、太刀を抜いて胸元に指し当てて、寝た者を殺すは死人と同じ、起こそうと思い、足で枕を強く蹴りました。蹴られて本間三郎が驚くところを、一の太刀で臍ほぞうへを畳まで突き通し、返す太刀で喉笛を刺し切ると、静かに後ろの竹原の中へ隠れました。本間三郎は一の太刀で胸を刺し通されてあっと言う声に、番衆([番を編成して宿直警固にあたる者])どもは驚き騒いで、火を燃してこれを見れば、血の付いた小さな足跡がありました。「さては阿新殿のしわざか。堀の水は深い、木戸より外へは出られぬ。探し出して打ち殺せ」と、手に手に松明を灯し、木の下、草の陰まで残る所なく探しました。


続く


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by santalab | 2016-02-27 08:49 | 太平記 | Comments(0)

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