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「太平記」諸将被進早馬於船上事(その3)

塩冶えんや判官高貞たかさだは、千余騎にて、一日先立つて前陣を仕る。また朝山太郎は、一日路にちぢ引き後れて、五百余騎にて後陣ごぢんに打ちけり。金持かなぢの大和のかみ、錦の御旗を差して左にこうし、伯耆はうきの守長年ながとしは、帯剣の役にて右にふ。雨師うし道を清め、風伯ふうはく塵を払ふ。紫微北辰しびほくしん拱陣きようぢんも、かくやと思えて厳重なり。されば去年の春隠岐の国へ被移させ給ひし時、そぞろに宸襟しんきんを被悩て、御泪のもとと成りし山雲海月の色、今は竜顔りようがんを悦はしと成つて、松吹く風もおのづか万歳ばんぜいを呼ぶかと被奇、しほ焼く浦のけぶりまで、にぎわう民のかまどと成る。




塩冶えんや判官高貞たかさだは、千余騎にて、一日先立って前陣を務めました。また朝山太郎は、一日路後れて、五百余騎で後陣を進みました。金持大和守が、錦の旗を挿して左に伺候し、伯耆守長年(名和長年)は、帯剣の役([帯剣して君主の側近に侍し、これを護衛する役])として右に付いていました。雨師([雨を司どる神])は道を清め、風伯([風の神])は塵を払いました。紫微北辰([天帝が住む紫微宮。北辰は北極星])の拱陣(大宮殿)も、このようなものと思われるほど厳かでした。去年の春に隠岐国へ移られた時には、何に付けても宸襟([天子の心])を悩まされて、涙の因となった山雲海月の色も、今は竜顔([天子の顔])をよろこばせるきっかけとなり、松吹く風も万歳を叫ぶように聞こえて、不思議に思えて、塩焼く浦の煙までもが、にぎわう民の竈に見えました。


続く


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by santalab | 2016-02-28 08:42 | 太平記 | Comments(0)

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