その企て彼ら三人が心中に秘して、 未だ色に雖不出、さすがに隠れなかりければ、この事やがて探題英時が方へ聞こへければ、英時、彼らが野心の実否をよくよく伺ひ見ん為に、先づ菊池入道寂阿を博多へぞ呼びける。菊池この使ひに肝付いて、これは如何様かの隠謀露顕して、我らを討たん為にぞ呼び給ふらん。さらんに於いては、人に先をせられては叶ふまじ、こなたより遮つて博多へ寄せて、覿面に勝負を決せんと思ひければ、予ての約諾に任せて、小弐・大伴が方へ触れ遺はしける処に、大伴、天下の落居未だ如何なるべしとも見定めざりければ、分明の返事に不及。小弐はまたその頃京都の合戦に、六波羅毎度勝つに乗る由聞こへければ、己が咎を補はんとや思ひけん、日来の約を変じて、菊池が使ひ八幡弥四郎宗安を討つて、その首を探題の方へぞ出だしたりける。
その企ては彼ら三人の心中にあって、表に現れることはありませんでしたが、さずがに隠すことは叶わず、この事がやがて探題英時(北条英時)の知るところとなりました、英時は、彼らの野心の真偽のほどを窺うために、まず菊池入道寂阿(菊池武時)を博多に呼び出しました。菊池は使いに心付いて、これはきっと隠謀が露顕して、我らを討つために呼ぶのであろう。そういうことならば、人に先を越されては叶うまい、反対にこちらから博多へ寄せて、覿面([効果・結果・報い などが即座に現れること])に勝負を決めようと思い、かねての約諾通り、少弐(少弐貞経=妙慧)・大友(大友貞宗=具簡)の方に触れ遺わしましたが、天下の落居いまだどうなるとも定まっていませんでしたので、はっきりとは返事しませんでした。小弐もまたその頃京都の合戦で、六波羅が毎度勝つに乗ると聞いていたので、己の罪を償おうと思ったか、日頃の約束に反して、菊池(武時)の使い八幡弥四郎宗安を討って、その首を探題(北条英時)に差し出しました。
(続く)