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「太平記」筑紫合戦の事(その3)

菊池入道にふだうおほきにいかつて、「日本一につぽんいち不当人ふたうじんどもを憑んで、この一大事を思ひ立ちけるこそ越度をちどなれ。よしよしその人々のくみせぬいくさはせられぬか」とて元弘三年三月十三日じふさんにちの卯の刻に、わづかに百五十騎にて探題の館へぞ押し寄せける。菊池入道櫛田の宮の前を打ち過ぎける時、軍の凶をや被示けん。また乗り打ちにたりけるをや御とがめありけん。菊池が乗つたる馬、にはかにすくみて一足も前へ不進得。入道大きに腹を立てて、「如何なる神にてもをはせよ、寂阿じやくあが戦場へ向かはんずる道にて、乗り打ちを尤め可給やうやある。その義ならば矢一つまゐらせん。受けて御覧ぜよ」とて、上差うはざしのかぶらを抜き出し、神殿の扉を二矢ふたやまでぞ射たりける。矢を放つとひとしく、馬のすくみ直りにければ、「さぞとよ」とあざ笑うて、すなはち打ちとほりける。その後社壇を見ければ、二丈許りなる大蛇、菊池が鏑に当たつて死したりけるこそ不思議なれ。




菊池入道(菊池武時たけとき=寂阿)はたいそう怒って、「日本一の不当人([人の道にそむいた行いをする人。不法者])どもを頼んで、この一大事を思ひ立ったことこそわしの落ち度よ。よしよしその人々を頼らずとも軍はできよう」と元弘三年(1333)三月十三日の卯の刻([午前六時頃])に、わずかに百五十騎で探題(北条英時ひでとき)の館に押し寄せました。菊池入道(武時)が櫛田宮(現福岡県福岡市博多区にある櫛田神社)の前を打ち過ぎる時、軍の凶を暗示したのか。また乗り打ち([馬・駕籠などに乗ったまま、貴人・神仏などの前を通り過ぎること])したのを咎めたか。菊池(武時)が乗つた馬が、突然立ちすくんで一足も前に進みませんでした。入道はたいそう腹を立てて、「どれほど立派な神かは知らぬが。この寂阿が戦場へ向かう途中である、乗り打ちを咎めるとは何事ぞ。そういうつもりなら矢を一つ参らせよう。受けて見られよ」と申して、上差し([えびらの表に差し添える矢])の鏑矢を抜き出し、神殿の扉を二矢射ました。矢を放つとたちまち、馬のすくみは直ったので、「よいか」とあざ笑って、通り過ぎました。その後社壇を見れば、二丈(約6m)ばかりの大蛇が、菊池(武時)の鏑矢に当たって死んでいましたが不思議なことでした。


続く


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by santalab | 2016-03-04 08:02 | 太平記 | Comments(0)

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