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「太平記」長崎新左衛門尉意見の事付阿新殿の事(その13)

その後追ひ手ども百四五十騎馳せ来たり、遠浅とほあさに馬を控へて、「あの舟止まれ」と招けども、舟人ふなうどこれを見ぬ由にて、順風に帆を揚げたれば、舟はその日の暮れほどに、越後のこうにぞ着きにける。阿新山臥に助けられて、わにの口の死を遁れしも、明王加護の御誓ひ掲焉けつえんなりけるしるしなり。




その後追い手どもが百四五十騎馳せ来て、遠浅に馬を控えて、「あの舟よ止まれ」と招きましたが、舟人はこれを見えぬ振りで、順風に帆を上げたので、舟はその日の暮れほどに、越後の国府(現新潟県上越市?)に着きました。阿新丸(後の日野邦光くにみつ)は山臥に助けられて、鰐の口([極めて危険な場所・場合])の死を遁れたのも、明王(不動明王)加護の誓いの掲焉([著しい様])によるものでした。


続く


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by santalab | 2016-03-05 12:54 | 太平記 | Comments(0)

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