Santa Lab's Blog


「太平記」筑紫合戦の事(その7)

今日けふや明日やと吉日を撰びける処に、英時ひでとき、小弐が隠謀のくはだてを聞きて、事の実否を伺ひ見よとて、長岡ながをかの六郎ろくらうを小弐が許へぞ遣はしける。長岡すなはち行き向かつて、小弐に可見参由を云ひければ、時節をりふし相労あひいたはる事ありとて、対面に不及。長岡無力、小弐入道が子息筑後の新小弐しんせうにが許に行き向かひ、云ひ入れて、さりげなきやうにてかなたこなたを見るに、只今打ち立たんずる形勢ありさまにて、楯をはがやじりぐ最中なり。また遠侍とほさぶらひを見るに、蝉本せみもと白くしたる青竹の旗竿はたざをあり。さればこそ、船上ふなのうへより錦の御旗を賜はつたりと聞こへしが、まことなりけりと思つて、対面せばやがて指し違へんずるものをと思ひける処に、新小弐何心もなげにて出で合ひたり。長岡座席に着くとひとしく、「まさなき人々の謀反の企てかな」と云ふままに、腰の刀を抜いて、新小弐に飛んで懸かりける。新小弐飽くまで心早き者なりければ、そばなる将碁しやうぎの盤ををつ取つて突く刀を受け留め、長岡にむずと引つ組んで、うへを下へぞ返しける。やがて小弐が郎従らうじゆうども数多あまた走り寄つて、上なる敵を三刀指して、下なるしゆを助けければ、長岡六郎本意を不達して、忽ちに命を失ひてげり。




今日明日と吉日を待つところに、英時(北条英時)は、少弐(少弐貞経さだつね=妙慧)が隠謀を企てていると聞いて、事の真偽を確かめよと、長岡六郎を少弐の許に遣わせました。長岡はすぐに行き向かい、少弐に見参の旨を申しましたが、体調が優れないと言って、対面しませんでした。長岡は仕方なく、少弐入道の子息筑後新小弐(小弐頼尚よりひさ)の許を訪ね、面会を申し入れて、さりげなくあちらこちらを見ると、今にも打ち立つ様子で、楯を作り鏃を砺移動いる最中でした。また遠侍([武家の屋敷で、主屋から遠く離れた中門のわき などに設けられた警護の武士の詰め所])を見れば、蝉本([旗竿の上部])を白くした青竹の旗竿がありました。なるほど、船上(現鳥取県東伯郡琴浦町。第九十六代後醍醐天皇の行宮)より錦の旗を賜わったと聞いておるが、まことであったかと思い、対面すればたちまち刺し違えようと思うところに、新小弐(頼尚)はそうとも知らずに会いました。長岡は座席に着くやいなや、「まさか謀反の企てをしておるとは」と言うままに、腰の刀を抜いて、新小弐に飛んでかかりました。新小弐は心早い者でしたので、側にあった碁盤を取って突く刀を受け止め、長岡とむずと引っ組んで、上を下にと返しました。たちまち小弐の郎従([家来])どもが数多く走り寄って、上の敵を三刀刺して、下の主を助けたので、長岡六郎は本意を遂げることなく、たちまち命を失いました。


続く


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by santalab | 2016-03-09 20:09 | 太平記 | Comments(0)

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