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「太平記」越中守護自害の事付怨霊の事(その3)

さるほどに、敵の早や寄せ来るやらん、馬煙むまけぶりの東西に揚げて見へ候ふと騒げば、女房・をさなき人々は、泣く泣く皆舟に取り乗つて、遥かの沖に漕ぎ出だす。恨めしの追ひ風や、しばしも止まで、行く人を浪路なみぢ遥かに吹き送る。情けなの引きしほや、立ちも帰らで、漕ぐ舟を浦より外に誘ふらん。かの松浦佐用嬪まつらさよひめが、玉嶋山たましまやま領布ひれ振りて、沖行く舟を招きしも、今のあはれに被知たり。水手すゐしゆ櫓を掻いて、船を浪間に差し留めたれば、一人の女房は二人ににんの子を左右の脇に抱き、二人ににんの女房は手に手を取組んで、同じく身をぞ投げたりける。くれなゐきぬ赤き袴のしばらく浪に漂ひしは、吉野・竜田の河水かはみづに、落花紅葉らくくわこうえふの散り乱れたる如くに見へけるが、寄せ来る浪に紛れて、次第に沈むを見果てて後、城に残り留まりたる人々上下じやうげ七十九人しちじふくにん、同時に腹を掻き切つて、兵火ひやうくわの底にぞ焼け死にける。




やがて、敵が攻めて来たのか、馬煙が東西に上がって見えると騒げば、女房・幼い者たちは、泣く泣く皆舟に取り乗って、遥かの沖に漕ぎ出ました。恨めしの追い風が、しばしも留めることもなく、行く人を浪路遥かに吹き送りました。情けのない引き潮が、舟を返すこともなく、漕ぐ舟を浦より外海に誘っているかのようでした。かの松浦佐用嬪(現佐賀県唐津市にいたとされる豪族の娘)が、玉嶋山(鏡山。現佐賀県唐津市)の頂上で領布を振り、沖行く(大伴狭手彦さてひこが乗った)舟を招いたのも、今の哀れに思い出さずにおれませんでした。水手が櫓を掻いて、船を浪間に差し留めると、一人の女房は二人の子を左右の脇に抱き、二人の女房は手に手を組んで、同じく身を投げました。紅の衣赤い袴がしばらく浪に漂う様は、吉野(吉野川)・竜田(竜田川)の川水に、落花紅葉が散り乱れたように見えましたが、寄せ来る浪に紛れて、次第に沈むを見果てた後、城に残り留まった人々上下七十九人が、同時に腹を掻き切って、兵火の底に焼け死にました。


続く


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by santalab | 2016-03-11 07:42 | 太平記 | Comments(0)

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