Santa Lab's Blog


「太平記」吉野城軍事(その1)

元弘三年正月十六日、二階堂にかいだう出羽ではの入道道蘊だううん、六万余騎の勢にて大塔おほたふの宮の籠もらせ給へる吉野の城へ押し寄する。菜摘川なつみがはの川淀より、城の方を見上げたれば、嶺には白旗しらはた・赤旗・錦の旗、深山颪みやまおろしに吹きなびかされて、雲か花かと怪しまる。麓には数千すせん官軍くわんぐん、兜冑の星を耀かかやかし鎧の袖を連ねて、錦繍きんしうをしける地の如し。峯高うして道細く、山けはしうして苔なめらかなり。されば幾十万騎じふまんぎの勢にて攻むるとも、容易く落とすべしとは見へざりけり。同じき十八日の卯の刻より、両陣互ひに矢合せして、入れ替へ入れ替へ攻め戦ふ。官軍くわんぐんは物馴れたる案内者どもなれば、ここの詰まりかしこの難所なんじよに走り散つて、攻め合はせ開き合はせ散々に射る。寄せ手は死生不知ししやうふちの坂東武士なれば、親子討たるれども顧ず、主従しゆじゆう滅ぶれども崩れず、乗り越え乗り越え攻め近付く。




元弘三年(1333)正月十六日、二階堂出羽入道道蘊(二階堂貞藤さだふぢ)は、六万余騎の勢で大塔宮(護良もりよし親王)が籠もる吉野城(現奈良県吉野郡吉野町)へ押し寄せました。菜摘川(吉野川の辺)の川淀より、城の方を見上げると、嶺には白旗・赤旗・錦の旗が、深山颪に吹きはためいて、雲か花かと疑うほどでした。麓には数千の官軍が、兜冑の星を輝かせ鎧の袖を連ねて、錦繍([錦と刺繡をした織物])を施した生地のようでした。峯は高くして道は細く、山は険しく苔滑らかでした。なれば幾十万騎の勢で攻めるとも、容易く落とすことができるとも思えませんでした。同じ正月十八日の卯の刻([午前六時頃])より、両陣互いに矢合せして、入れ替え入れ替え攻め戦いました。官軍は軍に馴れた案内者どもでしたので、ここの詰まりかしこの難所に走り散って、攻め合わせては開いて散々に矢を射ました。寄せ手は死生不知の坂東武士でしたので、親子が討たれるとも引くことなく、主従が亡ぼうとも陣を崩さず、乗り越え乗り越え攻め近付きました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-03-14 21:25 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」金剛山寄手ら被誅事付...      「太平記」金剛山寄手ら被誅事付... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧