Santa Lab's Blog


「太平記」金剛山寄手ら被誅事付佐介貞俊事(その3)

囚人とらはれびと京都に着きければ、皆黒衣こくえを脱がせ、法名ほふみやうを元の名に改めて、一人づつ大名にあづけらる。その秋刑しうけいを待つほどに、禁錮のうちに起き伏して、思ひ連ぬる浮世の中、涙の落ちぬ隙もなし。定かならぬ便りに付けて、鎌倉の事どもを聞けば、偕老かいらうの枕の上に契りを成しし貞女ていぢよも、むくつけげなる田舎人ゐなかうどどもに被奪て、王昭君わうせうくんが恨みを残し、富貴のうてなうちかしづき立てし賢息も、あたりへだにも寄せざりし凡下ぼんげどものやつこと成つて、黄頭郎くわうとうらうが夢をなせり。これらはせめて乍憂、いまだ生きたりと聞けば、なほも思ひの数ならず。昨日きのふちまたを過ぎ、今日はかどに休らふ行客かうかくの、あなあはれや、道路に袖を広げ、食を乞ひし女房の、たふれて死せしはたれが母なり。短褐たんかつかたちをやつして所縁をたづねし旅人の、被捕て死せしは誰が親なりと、ほのかに語るを聞く時は、今まで生きける我が身の命を、憂しとぞさらにかこたれける。




囚人が京都に着くと、皆黒衣を脱がせ、法名を元の名に改めて、一人ずつ大名に預けました。その秋刑([刑罰])を待つ間、禁錮の内に起き伏して、思い連ねる浮き世に、涙の落ちぬ隙もありませんでした。定かではない便りに付けても、鎌倉のことを聞けば、枕の上に偕老([夫婦が、年をとるまで仲よく一緒に暮らすこと])の契りをなした貞女も、恐ろしい田舎人に奪われて、王昭君(前漢の元帝の時代の美女、匈奴の妻となった)の恨みを残し、富貴の薹の内で大切に育てた賢息も、近くにも寄せることがなかった凡下どもの奴([奴僕])となって、黄頭郎(鄧通とうつう。前漢初期の人)の夢(文帝は夢で、黄頭郎が天に登るのを見て寵愛するようになったらしい)のように望みは消え去りました。けれどこれらは悲しみとは申せ、まだ生きていると聞けば、数にも入りませんでした。昨日巷を過ぎ、今日は門に休らう行客([旅人])の、哀れなことよ、道に袖を広げ、食を乞う女房が、倒れて死んだは誰の母でしたか。短褐([短褐穿結たんかつせんけつ]=[貧しい人や卑しい人の着る衣服。貧者の粗末な姿の形容])に姿をやつし所縁を尋ねる旅人が、捕らわれて死んだのは誰の親だと、かすかに語るのを聞くときは、今まで生きた我が身の命も、悲しいものかとまして思い知らされるようでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-03-16 07:40 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」三人の僧徒関東下向の...      「太平記」金剛山寄手ら被誅事付... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧