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「太平記」三人の僧徒関東下向の事(その2)

しかれども久しく山門澆漓げうりふうに随はば、情慢じやうまんはたほこ高うして、遂に天魔の掌握しやうあくうちに落ちぬべし。不如、公請論場くしやうろんぢやうの声誉を捨てて、高祖大師かうそたいし旧規きうきかへらんにはと、一度ひとたび名利みやうりくつばみを返して、永く寂寞じやくまくの苔のとぼそを閉ぢ給ふ。初めのほどは西塔さいたふの黒谷と云ふ所にきよしめて、三衣さんえ荷葉かえふの秋の霜に重ね、一鉢いつばち松華しようくわあしたの風に任せ給ひけるが、徳不孤必有隣、大明だいみやう光をかくさざりければ、遂に五代聖主の国師として、三聚浄戒さんじゆじやうかいの太祖たり。斯かる有智高行うちかうぎやうの尊宿たりと云へども、時の横災わうさいをば遁れ給はぬにや、また前世ぜんぜ宿業しゆくごふにや依りけん。遠蛮ゑんばんとらはれと成つて、逆旅げきりよの月にさすらひ給ふ、不思議なりし事どもなり。




けれども久しく山門(延暦寺)も澆漓([道徳が衰え、人情の薄いこと])の風に侵されて、情慢([増上慢]=[七慢の一。まだ完全に悟りを開いていないのに、悟りを開いたと思って、おごりたかぶること])の幢を高く掲げ、遂に天魔の掌握の中に落ちていました。ですから(円観上人は)、公請論場([講義])の声誉を捨てて、高祖大師(天台大師智顗ちぎ)の旧規に帰ろうと、一度名利の轡を返して、永く寂寞([ひっそりとして寂しい様])の苔の扉を閉じました。はじめは西塔の黒谷という所に住んで、三衣([僧衣])を荷葉([ハスの葉])の秋の霜に重ね、一鉢を持ち足を松華(松葉)に吹く朝風に任せていましたが、徳不孤必有隣([本当に徳のある人は孤立したり、孤独であるということはない]。『論語』)、大明光は隠れなきものでしたので、遂に五代聖主(第九十六代後醍醐天皇)の国師として、三聚浄戒([大乗戒])の太祖([元祖])となりました。このような有智高行の尊宿といえども、時の横災([不慮の災難])を遁れることはできないのか、それとも前世の宿業によるものでしょうか。遠蛮の囚人となって、逆旅の月にさすらうことになったのは、不思議なことでした。


続く


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by santalab | 2016-03-16 08:30 | 太平記 | Comments(0)

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