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「太平記」三人の僧徒関東下向の事(その4)

円観上人をば佐介さすけ越前ゑちぜん、文観僧正をば佐介遠江とほたふみの守、忠円僧正をば足利讚岐の守にぞあづけらる。両使帰参して、かの僧たちの本尊の形、炉壇のやう画図ゑづに写して註進す。俗人の見知るべき事ならねば、佐々目の頼禅らいぜん僧正をしやうじ奉つて、これを被見せに、「子細なき調伏てうぶくの法なり」と申されければ、「さらばこの僧たちを嗷問がうもんせよ」とて、侍所さふらひどころに渡して、水火すゐくわの責めをぞ致しける。文観房もんくわんばうしばしがほどはいかに問はれけれども、落ち給はざりけるが、水問みづもん重なりければ、身も疲れ心も弱くなりけるにや、「勅定ちよくじやうに依つて、調伏の法行うたりし条子細なし」と、白状はくじやうせられけり。その後忠円房を嗷問せんとす。この僧正天性臆病おくびやうの人にて、未だ責めざる先に、主上しゆしやう山門を御語らひありし事、大塔おほたふの宮の御振る舞ひ、俊基としもとの隠謀なんど、ありもあらぬ事までも、残るところなく白状一巻いつくわんに載せられたり。この上は何の疑ひかあるべきなれども、同罪の人なれば、さしおくべきに非ず。円観上人をも明日みやうにち問ひ奉るべき評定ひやうぢやうありける。




円観上人は佐介越前守、文観僧正は佐介遠江守、忠円僧正は足利讚岐守(足利貞氏さだうぢ。足利高氏の父)に預けられました。両使帰参して、かの僧たちの本尊の形、炉壇の様子を、画図に写して注進しました。俗人の見知らぬことでしたので、佐々目頼禅僧正を呼んで、これを見せると、「間違いなく調伏の法です」と申したので、「ならばこの僧たちを拷問せよ」と、侍所に移して、水火の責めを行わせました。文観房はしばしのほどはいかに訊ねられても、白状しませんでしたが、水問が重なって、身も疲れ心も弱くなったのか、「勅定によって、調伏の法をお掛けなったこと間違いありません」と、白状しました。その後忠円房を拷問にかけようとしました。この僧正は天性臆病の人でしたので、責めを行う前に、主上(第九十六代後醍醐天皇)が山門(延暦寺)に語らわれたこと、大塔宮(護良もりよし親王)の振る舞い、俊基(日野俊基)rt>としもとの隠謀など、あることないことまでも、残るところなく白状し一巻に載せました。この上は何の疑いもありませんでしたが、同罪の人でしたので、捨て置くこともできませんでした。円観上人も明日尋問するよう評定がありました。


続く


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by santalab | 2016-03-19 18:14 | 太平記 | Comments(0)

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