その夜相摸入道の夢に、比叡山の東坂本より、猿ども二三千群がり来たつて、この上人を守護し奉る体にて、並居たりと見給ふ。夢の告げ只事ならずと思はれければ、未明に預人の許へ使者を遣はし、「上人嗷問の事暫く閣くべし」と被下知処に、預人遮つて相摸入道の方に来たつて申しけるは、「上人嗷問の事、この暁既にその沙汰を致し候はん為に、上人の御方へ参つて候へば、燭を挑げて観法定坐せられて候ふ。その御影後ろの障子に移つて、不動明王の貌に見えさせ給ひ候ひつる間、驚き存じて、先づ事の子細を申し入れん為に、参つて候ふなり」とぞ申しける。夢想と云ひ、示現と云ひ、只人にあらずとて、嗷問の沙汰を止められけり。
その夜相摸入道(鎌倉幕府第十四代執権、北条高時)の夢に、比叡山の東坂本(現滋賀県大津市)より、猿どもが二三千群がり下りて来て、円観上人を守護するように、回りを囲みました。夢の告げ只事ではないと思い、未明に預人の許へ使者を遣わし、「円観上人の嗷問([自白を強要するため,肉体的苦痛を与えること])をしばらく差し止めよ」と命じようとするところに、預人が言葉を遮って申すには、「上人嗷問のことですが、この暁に命に従おうと、上人の方へ参りますと、燭を挑げて観法([真理と現象を心のなかで観察し念じる瞑想の実践修行法])定座しておりました。その影が後ろの障子に映っておりましたが、なんと不動明王の姿に見えたのでございます、驚いて、まずはこれを詳しく申し上げようと、参ったのでございます」と申しました。夢想といい、示現([仏・菩薩が衆生を救うために種々の姿に身を変えてこの世に出現すること])といい、只人にあらずと、嗷問の沙汰を中止しました。
(続く)