Santa Lab's Blog


「太平記」三人の僧徒関東下向の事(その7)

時の天災をば、大権だいごん聖者しやうじやも遁れ給はざるにや。昔天竺てんぢく波羅奈国はらないこくに、戒定慧かいぢやうゑの三学を兼備し給へる独りの沙門をはしけり。一朝いつてうの国師として四海の倚頼いらいたりしかば、天下の人帰依偈仰きえかつがうせる事、あたかも大聖世尊だいしやうせそん出世成道しゆつせじやうだうの如くなり。ある時その国の大王法会ほふゑを行ふべき事あつて説戒の導師だうしにこの沙門をぞしやうぜられける。沙門すなはち勅命に随つて鳳闕ほうけつに参ぜらる。帝折節をりふし碁を被遊けるみぎりへ、伝奏まゐつて、沙門参内の由を奏しまうしけるを、遊ばしける碁に御心を入れられて、これを聞こし召されず、碁の手に付いて、「れ」とおほせられけるを、伝奏聞き誤りて、この沙門をれとの勅定ちよくぢやうぞと心得て、禁門の外に出だし、すなはち沙門の首を刎ねてけり。帝碁を遊ばし果ててて、沙門を御前おんまへへ召されければ、典獄てんごくくわん、「勅定に随つて首を刎ねたり」と申す。帝おほきに逆鱗ありて、「『行死かうし定まつて後三奏す』と云へり。しかるを一言の下に誤りを行うて、朕が不徳をかさぬ。罪大逆に同じ」とて、すなはち伝奏を召し出だして三族の罪に行はれけり。




時の天災を、大権の聖者も遁れることはできないのでしょうか。昔天竺の波羅奈国([古代インドの王国。 ワーラーナシ])に、戒定慧([動の規範である戒と、宗教的精神統一である定と,真理を知る慧。仏道修行者の修めるべき三つの要目。三学])の三学を兼ね備えた一人の沙門がいました。一朝の国師として四海([国内])の倚頼([頼り])となる人でしたので、天下の人が帰依偈仰([拝礼])すること、あたかも大聖世尊(釈迦)が出世成道([悟りの境地を完成して仏となること])するようでした。ある時その国の大王が法会を行うことになって説戒の導師としてこの沙門を呼びました。沙門はすぐに勅命に従い鳳闕([皇居])に参りました。帝はその時碁を打っていました、伝奏が参って、沙門が参内したことを申し入れましたが、碁に熱中していたので、聞こえず、碁の手を考えて、「石を切れ」と申したのを、伝奏は聞き誤り、この沙門を斬れとの勅定だと思い、禁門の外に出すと、たちまち沙門の首を刎ねました。帝は碁を打ち終わり、沙門を御前に呼ぶと、典獄([監獄の事務をつかさどる官吏])の官は、「勅定に従って首を刎ねました」と申しました。帝はたいそう怒って、「『行死([死罪])を行うに三奏す』と申す。しかるを一言の下に誤りを犯し、朕の不徳となった。罪は大逆([重大犯罪])に値する」と申して、たちまち伝奏を召し出して三族の罪に処しました。


続く


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by santalab | 2016-03-20 09:30 | 太平記 | Comments(0)

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