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「太平記」北国下向勢凍死事(その1)

同じき十一日は、義貞よしさだ朝臣七千余騎にて、塩津しほづ海津かいづに着き給ふ。七里半の山中をば、越前の守護しゆご尾張をはりかみ高経たかつね大勢にて差し塞いだりと聞こへしかば、これより道を替へて木目峠きのめたうげをぞ越え給ひける。北国の習ひに、十月の初めより、高き峯々に雪降りて、麓の時雨しぐれ止む時なし。今年は例よりも陰寒いんかん早くして、風混かざまじりに降る山路やまぢの雪、甲冑かつちうそそき、鎧の袖をひるがへして、おもてを打つこと烈しかりければ、士卒じそつ寒谷かんこくに道を失ひ、暮山ぼざんに宿なくして、の下岩の陰にしじまり伏す。たまたま火を求め得たる人は、弓矢を折り焚いてたきぎとし、いまだ友を離れぬ者は、互ひに抱き付きて身を暖む。元より薄衣はくえなる人、飼ふ事なかりし馬ども、ここやかしこに凍え死んで、行く人道を去り敢へず。かの叫喚けうくわん大叫喚のこゑ耳に満ちて、紅蓮ぐれん大紅蓮の苦しみまなこさへぎる。今だに懸かり、後の世を思ひ遣るこそ悲しけれ。




同じ(建武三年(1336)十月)十一日には、義貞朝臣(新田義貞)が七千余騎で、塩津(現滋賀県長浜市)・海津(現滋賀県高島市)に着きました。七里半の山中を、越前守護尾張守高経(斯波高経)が大勢で差し塞いでいると聞こえたので、これより道を替えて木目峠(木ノ芽峠。現福井県南条郡南越前町・敦賀市境にある峠)を越えて行きました。北国のこと、十月の初めより、高い峯々には雪が降って、麓の時雨は止む時がありませんでした。今年は例よりも陰寒が早く、風混じりに降る山路の雪は、甲冑に沁み通り、鎧の袖を翻して、面を激しく打ったので、士卒は寒谷に道を失い、暮山には宿もなく、木の下岩の陰に身を縮めて伏しました。たまたま火を得た人は、弓矢を折り焚いて薪とし、いまだ友と離れぬ者は、互いに抱き付いて身を暖めました。元より薄衣の人、主のない馬どもは、ここかしこに凍え死んで、行く人は道を避け難く、叫喚大叫喚([八大地獄の第四・五])の声は耳に満ちて、紅蓮大紅蓮([八大地獄の第七・八])の苦しみは目を覆いたくなるものでした。今にしてこの有様ですれば、後の世を思い遣ればなおさら悲しく思われました。


続く


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by santalab | 2016-03-29 21:23 | 太平記 | Comments(0)

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