Santa Lab's Blog


「太平記」吉野城軍事(その4)

去るほどに、搦め手のつはもの、思ひも寄らず勝手の明神みやうじんの前より押し寄せて、宮の御坐ありける蔵王堂ざわうだうへ打つて懸かりける間、大塔宮おほたふのみや今は遁れぬところなりと思し召し切つて、赤地あかぢの錦の鎧直垂よろひひたたれに、火威ひをどしの鎧のまだ巳の刻なるを、透き間もなく召され、竜頭たつがしらの兜のを締め、白檀磨きの臑当すねあてに、三尺五寸の小長刀こなぎなたを脇に差し挟み、劣らぬ兵二十にじふ余人前後左右ぜんごさいうに立て、敵の群がつて控へたる中へ走り懸かり、東西を払ひ、南北へ追ひまはし、黒煙くろけぶりを立てて斬つて廻らせ給ふに、寄せ手大勢おほぜいなりと言へども、わづかの小勢に斬り立てられ、木の葉の風に散るが如く、四方しはうの谷へさつと引く。敵引けば、宮蔵王堂ざわうだう大庭おほには並居なみゐさせ給ひて、大幕おほまく打ち揚げて、最後の御酒宴あり。宮の御よろひに立つところの矢七筋しちすぢ御頬おんほう先二の御腕二箇所突かれさせ給ひて、血の流るる事滝の如し。しかれども立つたる矢をも抜かず、流るる血をも拭はず、敷皮しきがはの上に立ちながら、大盃おほさかづきを三度かたぶけさせ給へば、木寺こでらの相摸四尺三寸の太刀の切つ先に、敵の首を差し貫いて、宮の御前おんまへに畏まり、「戈鋋剣戟くわせんけんげきを降らす事電光でんくわうの如くなり。磐石ばんじやくいはほを飛ばす事春の雨に相同あひおなじ。然りとは云へども、天帝の身には近付かで、修羅かれが為に破らる」と、囃しを揚げて舞ひたる有様は、漢・楚の鴻門こうもんくわいせし時、楚の項伯かうはくと項荘とが、剣を抜いて舞ひしに、樊噲はんくわい庭に立ちながら、帷幕ゐばくをかかげて項王を睨みしいきほひも、かくやと思ゆる許りなり。




やがて、搦め手([城の裏門や敵陣の後ろ側を攻める軍勢])の兵が、思いも寄らず勝手明神(現奈良県吉野郡吉野町にある勝手神社)の前より押し寄せて、大塔宮(護良もりよし親王)がおられる蔵王堂(現奈良県吉野郡吉野町にある金峯山寺蔵王堂)へ打って懸かりました、大塔宮は今は遁れられぬところと思い切り、赤地の錦の鎧直垂([鎧の下に着る衣])に、緋縅の鎧のまだ巳の刻([事物のまだ新しいこと])ものを、透き間なく身に付けて、竜頭の兜の緒を締め、白檀磨き([金箔置きの上に透き漆を塗ったもの])の臑当てに、三尺五寸の小長刀を脇に差し挟み、劣らぬ兵二十余人を前後左右に立て、敵が群がっつて控える中へ走り懸かり、東西を払い、南北へ追い廻し、黒煙を立てて斬って回りました、寄せ手は大勢でしたが、わずかの小勢に斬り立てられて、まるで木の葉が風に散るように、四方の谷へさっと引きました。敵が引くと、大塔宮は蔵王堂の大庭に兵を並ばせて、大幕を打ち懸けさせて、最後の酒宴を催しました。大塔宮の鎧に立つ矢は七筋、頬先二の御二箇所を突かれて、血はまるで滝のように流れていました。けれども立つ矢も抜かず、流れる血も拭わず、敷皮の上に立ちながら、大盃を三度傾けられると、木寺相摸が四尺三寸の太刀の切っ先に、敵の首を差し貫いて、宮の御前に畏まり、「電光の如く戈鋋剣戟([鋋は小戈、戟は戈の一])を降らし。春雨のように磐石巌を飛ばしたが。けれども、天帝(帝釈天)のには近付くことは叶わず、修羅(阿修羅)は破れました」と、囃しを上げて舞す姿は、漢・楚の鴻門で会った時([楚の項羽と漢の劉邦が、秦の都咸陽郊外=現西安市臨潼区。で会見した故事])、楚の項伯と項荘(項羽の従弟)が、剣を抜いて舞うのを、樊噲は庭に立ちながら、帷幕([垂れ幕と引き幕])を上げて項王(項羽)を睨んだ勢いも、このようなものであったかと思われました。


続く


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by santalab | 2016-04-01 08:35 | 太平記 | Comments(0)

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