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「太平記」吉野城軍事(その5)

大手おほての合戦事急なりと思えて、敵御方の鬨の声相交あひまじはりて聞こへけるが、げにもその戦ひに自ら相当たる事多かりけりと見へて、村上彦四郎ひこしらう義光よしてる鎧に立つ処の矢十六じふろく筋、枯野かれのに残る冬草の、風に臥したる如くにり懸けて、宮の御前おんまへまゐつてまうしけるは、「大手の一の木戸、云ふ甲斐かひなく責め破られつる間、二の木戸に支へて数刻すこく相戦ひ候つる処に、御所中ごしよぢゆうの御酒宴の声、すさまじく聞こへさふらひつるに付いて参つて候ふ。敵既にかさに取り上りて、御方気の疲れ候ひぬれば、この城にて功を立てん事、今は叶はじと思へ候ふ。未だ敵の勢を余所へまはし候はぬさきに、一方より打ち破つて、一歩ひとまど落ちて可有御覧と存じ候ふ。但し迹に残り留まつて戦ふつはものなくば、御所の落ちさせ給ふものなりと心得て、敵いづく迄も続きて追つ懸けまゐらせつと思え候へば、恐れある事にて候へども、召されて候ふ錦の御鎧直垂よろひひたたれと、御物の具とを下し賜はつて、御いみなの字ををかして敵を欺き、御命に代はり進らせ候はん」とまうしければ、宮、「いかでかさる事あるべき、死なば一所にてこそともかくもならめ」とおほせられけるを、




大手([敵の正面を攻撃する軍勢])の合戦は事急([差し迫った状況])と思えて、敵味方の鬨の声が交り合って聞こえました、まことその戦いに自ら当たること多くあったと見えて、村上彦四郎義光(村上義光)の鎧に立つ矢は十六筋、枯野に残る冬草が、風に伏したように折り懸けて、大塔宮(護良もりよし親王)の御前に参って申すには、「大手の一の木戸が、甲斐もなく攻め破られて、二の木戸に支えて数刻戦うところに、御所の酒宴の声が、たいそう聞こえますれば参った次第でございます。敵はすでにかさ(笠?)に取り上り、味方は疲労しておりまする、この城で功を立てること、今は叶わじと思えまする。敵の勢を余所へ回す前に、一方より打ち破って、ひとまず落ちられるべきと存じまする。ただし後に残り留まって戦う兵がいなくては、御所が落ちられたと心得て、敵はどこまでも後に続いて追い駆け参らせるものと思えば、畏れ多いことではございますが、召されておられまする錦の鎧直垂([鎧の下に着る衣])と、物の具([武具])とを下し賜わって、諱を騙って敵を欺き、命に代わり参らせましょう」と申せば、大塔宮は、「何があろうとそのようなことはさせぬ、死なば一所にてともかくもなるべきぞ」と申されました、


続く


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by santalab | 2016-04-02 08:39 | 太平記 | Comments(0)

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