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「太平記」正成天王寺未来記披見の事(その1)

元弘二年八月三日、楠木兵衛正成住吉に参詣し、神馬しんめ三疋献之。翌日天王寺てんわうじまうでて白鞍置いたる馬、白輻輪しらぶくりんの太刀、よろひ一両いちりやうへて引きまゐらす。これは大般若経だいはんにやきやう転読の御布施おんふせなり。啓白けいひやくはつて、宿老しゆくらうの寺僧巻数くわんじゆを捧げて来たれり。楠木すなはち対面してまうしけるは、「正成、不肖ふせうの身として、この一大事を思ひ立ちて候ふ事、涯分がいぶんを不計に似たりといへども、勅命の不軽礼儀を存ずるに依つて、身命しんみやうの危ふきを忘れたり。然るに両度りやうどの合戦いささか勝つに乗つて、諸国の兵不招馳せくははれり。これ天の時を与へ、仏神擁護のまなじりを被回かと思え候ふ。まことやらん伝へうけたまはれば、上宮太子の当初そのかみ、百王治天の安危をかんがへて、日本につぽん一州いつしうの未来記を書き置かせ給ひて候ふなる。拝見もし不苦候はば、今の時に当たり候はん巻き許り、一見仕りさふらはばや」と云ひければ、




元弘二年(1332)八月三日に、楠木兵衛正成(楠木正成)は住吉(現大阪市住吉区にある住吉大社)に参詣し、神馬を三頭奉納しました。翌日天王寺(現大阪市天王寺区にある四天王寺)に詣でて白鞍([鞍の前輪・後輪しづわの表面を銀で張り包んだもの])を置いた馬、白覆輪([道具や器具に異金属の縁取りを施して華やかさを増大させたもの])の太刀、鎧一両を添えて引き参らせました。これは大般若経転読の布施でした。啓白([法会などで、その趣旨や願意を申し述べること])が済んで、宿老の寺僧が巻数([僧が願主の依頼で読誦した経文・陀羅尼などの題目・巻数・度数などを記した文書または目録。木の枝などにつけて願主に送る])を捧げて参りました。楠木(正成)はすぐに対面して申すには、「この正成が、取るに足りない身でありながら、この一大事を思い立ったのは、涯分([身分に相応していること])に叶わずといえども、勅命の礼儀を軽んじるべからず、身命の危うきを忘れてのこと。けれども両度の合戦で少々勝つに乗って、諸国の兵が招かずして馳せ加わりました。これ天が時を与え、仏神擁護の眸を廻らされたものと思うからなのです。定かではありませんが伝え聞くところ、上宮太子(聖徳太子)のその昔、百王([天皇])が治天の安危を心配されて、日本一州の未来記を書き置かせたと聞いております。拝見が叶うならば、今の時代に当たる巻ばかり、一見したいものです」と申しました、


続く


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by santalab | 2016-04-02 18:02 | 太平記 | Comments(0)

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