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「太平記」吉野城軍事(その9)

出羽ではの入道道蘊だううんは、村上が宮の御学おんまねをして、腹を切つたりつるを真実まんまことと心得て、その首を取つて京都へ上せ、六波羅の実検に晒すに、ありもあらぬ者の首なりとまうしける。獄門に懸くるまでもなくて、九原きうげんの苔にうづもれにけり。道蘊は吉野の城を攻め落としたるは、専一せんいちの忠戦なれども、大塔おほたふの宮を打ち漏らし奉りぬれば、なほ安からず思ひて、やがて高野山へ押し寄せ、大塔だいたふに陣を取つて、宮の御在所をたづね求めけれども、一山いつさん衆徒しゆと皆心を合はせて宮を隠し奉りければ、数日すじつの粉骨甲斐もなくて、千剣破ちはやの城へぞ向かひける。




出羽入道道蘊(二階堂貞藤さだふぢ)は、村上(村上義光よしてる)が宮(大塔宮。護良もりよし親王)の振りをして、腹を切ったのをまことと思い、その首を取って京都へ上せ、六波羅に実検させると、誰とも知れぬ首であると申しました。獄門に懸けるまでもなく、九原([墓地])の苔の下に埋もれました。道蘊が吉野城(現奈良県吉野郡吉野町)を攻め落としたことは、専一([第一])の忠戦でしたが、大塔宮を打ち漏らして、なお安心できぬと思い、やがて高野山へ押し寄せ、大塔(根本大塔)に陣を取って、大塔宮の在所を探し求めましたが、一山の衆徒([僧])は皆心を合わせて宮を隠したので、数日の粉骨も甲斐なく、千早城(現大阪府南河内郡千早赤阪村)に向かいました。


続く


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by santalab | 2016-04-06 09:33 | 太平記 | Comments(0)

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