Santa Lab's Blog


「太平記」千剣破城軍の事(その2)

この城東西は谷深く切れて人の上るべきやうもなし。南北は金剛山こんがうせんに続きてしかも峯たえたり。されども高さ二町にちやう計りにて、まはり一里に足らぬ小城なれば、何ほどの事かあるべきと、寄せ手これを見侮みあなどつて、初め一両日いちりやうにちのほどは向かひ陣をも取らず、責め支度をも用意せず、我先にと城の木戸口の辺までかづき連れてぞ上がりたりける。城中の者ども少しもさはがず、静まりかへつて、高櫓のうへより大石たいせきを投げ懸け投げ懸け、楯の板を微塵みぢんに打ち砕いて、漂ふところを差し詰め差し詰め射けるあひだ四方しはうの坂よりころび落ち、落ち重なつて手を負ひ、死をいたす者、一日がうちに五六千人に及べり。長崎四郎左衛門しらうざゑもんじよう、軍奉行にてありければ、手負ひ死人の実検をしけるに、執筆しゆひつ十二人じふににん、夜昼三日が間筆をも置かず記せり。さてこそ、「今より後は、大将の御許しなくして、合戦したらんずるともがらをばかへつて罪科に行はるべし」と触れられければ、軍勢暫く軍を止めて、先づ己が陣々をぞ構へける。




この城の東西は谷が深く切れてとても人が上ることができるようには見えませんでした。南北は金剛山(現奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村との境目にある山)に続いてしかも守りに勝れていました。けれども高さ二町ばかりで、周囲一里に足りない小城でしたので、容易く落とせるだろうと、寄せ手はこれを侮って、初め一両日のほどは向かい陣も取らず、攻め支度もせず、我先にと城の木戸口の辺まで攻め上りました。城中の者どもは少しも騒がず、静まり返って、高櫓の上から大石を投げかけ、楯の板を微塵に打ち砕くと、怯むところに差し詰め差し詰め矢を射たので、敵は四方の坂よりころび落ち、落ち重なって疵を負い、死に至る者は、一日がの内に五六千人に及びました。長崎四郎左衛門尉(長崎高貞たかさだ)は、手負い死人の実検をしましたが、執筆十二人が、夜昼三日の間筆も置かず記しました。こうして、「今後は、大将の許しなく、合戦する輩は罪科に問う」と触れたので、軍勢はしばらく軍を止めて、まず各々陣を構えました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-04-08 08:39 | 太平記 | Comments(0)

<< 「増鏡」老のなみ(その6)      「増鏡」老のなみ(その5) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧