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「太平記」千剣破城軍の事(その4)

楠木は元より勇気智謀相兼あひかねたる者なりければ、この城をこしらへける始め用水の便りを見るに、五所の秘水ひすゐとて、峯通る山伏の秘して汲む水この峯にあつて、しただる事一夜に五斛許こくばかりなり。この水いかなるひでりにもる事なければ、如形人の口中こうちゆううるほさん事相違あるまじけれども、合戦の最中はあるひは火矢を消さん為、またのんどの乾く事繁ければ、この水許りにては不足なるべしとて、おほきなる木を以つて、水舟みづふねを二三百打たせて、水を湛へ置きたり。また数百すひやく箇所作り並べたる役所の軒に継ぎどひを懸けて、雨降れば、あまだれを少しも余さず、舟に受け入れ、舟の底に赤土をしづめて、水のしやうを損ぜぬやうにぞ被拵たりける。この水を以つて、たとひ五六十日雨不降ともこらへつべし。そのうちにまたなどかは雨降る事なからんと、了簡れうけんしける智慮の程こそ浅からね。されば城よりは強ちにこの谷水たにみづを汲まんともせざりけるを、水防ぎけるつはものども、夜毎に機を詰めて、今や今やと待ち懸けけるが、始めの程こそありけれ、後には次第々々に心おこたり、機ゆるまつて、この水をば汲まざりけるぞとて、用心のてい少し無沙汰ぶさたにぞ成りにける。




楠木(楠木正成)は元より勇気智謀を兼ね備えた者でしたので、この城を造るに当たって用水について調べると、五所の秘水と言う、峯を通る山伏が秘して汲む水がこの峯にあって、滴る水は一夜に五斛(約900L)でした。この水はどんな旱にも干上がることはありませんでしたので、人の口の渇きを濡すのには十分でしたが、合戦の最中は火矢を消すため、また喉が乾くことも多いことでしたので、この水ばかりでは不足であると、大きなる木で、水舟を二三百作り、水を湛え置きました。また数百箇所作り並べた役所([戦陣で、将士が本拠としている所])の軒に継ぎ樋を懸けて、雨が降れば、雨水を少しも余さず、舟に受け入れ、舟の底に赤土を沈めて、水が腐らぬようにしました。この水で、たとえ五六十日雨が降らずとも堪えることができました。その間にどうして雨が降らぬことがあろうかと思われて、まこと楠木(正成)の了簡([思案])する智慮のほどは浅いものではありませんでした。ならば城から敢えて谷水を汲むことはありませんでした、水を防いでいた兵どもは、夜毎に気を詰めて、今や今やと待っていましたが、初めのほどはともかく、後には次第に怠けるようになり、気は緩んで、水を汲みに来ることはないと、用心はおろそかになりました。


続く


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by santalab | 2016-04-11 07:29 | 太平記 | Comments(0)

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