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「太平記」千剣破城軍の事(その9)

四方しはうの寄せ手鬨の声を聞いて、「すはや城のうちより打ち出でたるは、これこそ敵の運の尽くる処の死に狂ひよ」とて我先にとぞ攻め合はせける。城の兵兼ねて巧みたる事なれば、矢軍ちとするやうにして大勢おほぜい相近あひちか付けて、人形許りを隠れに残し置いて、つはものは皆次第次第に城の上へ引き上がる。寄せ手人形をまことの兵ぞと心得て、これを打たんと相集あひあつまる。正成所存の如く敵をたばかり寄せて、大石たいせき四五十しごじふ、一度にばつとはなす。一所に集まりたる敵三百余人、矢庭やにはに被討殺、半死半生の者五百余人に及べり。軍果ててこれを見れば、あは大剛だいがうの者かなと思えて、一足も引かざりつるつはもの、皆人にはあらでわらにて作れる人形にんぎやうなり。これを討たんと相集まつて、石に打たれ矢に当たつて死せるも高名かうみやうならず、またこれをあやぶみて進み得ざりつるも臆病のほど顕はれて云ふ甲斐かひなし。ただとにもかくにも万人の物笑ひとぞ成りにける。




四方の寄せ手は鬨の声を聞いて、「なんと城の中より打って出て来たぞ、これこそ敵の運が尽きる死に狂いか」と我先に攻め合わせました。城の兵は予て企てたことでしたので、矢軍を少々する振りをして大勢を近付けると、人形ばかりを木隠れに残し置いて、兵は皆次第次第に城の上へ引き上げました。寄せ手は人形を本当の兵と思って、これを討とうと集まりました。正成は思い通り敵を騙し寄せて、大石を四五十、一度に落としました。一所に集まっていた敵三百余人は、瞬く間に討ち殺されて、半死半生の者は五百余人に及びました。軍が終わってこれを見れば、なんと大剛の者と思えて、一足も引かなかった兵は、皆人ではなく藁で作った人形でした。これを討とうと集まり、石に打たれ矢に当たって死んだ者は高名にもならず、また人形に恐れて進むのを躊躇した臆病者はまして何も言えませんでした。ただとにもかくにも万人の物笑いとなりました。


続く


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by santalab | 2016-04-15 06:57 | 太平記 | Comments(0)

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