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「太平記」千剣破城軍の事(その10)

これより後はいよいよ合戦を止めける間、諸国の軍勢ただいたづらに城を守り上げて居たる計りにて、するわざ一つもなかりけり。ここにいかなる者か詠みたりけん、一首の古歌こかを翻案して、大将の陣の前にぞ立てたりける。

余所にのみ 見てややみなん 葛城かづらきの たかまの山の 峯の楠

軍もなくてそぞろに向かひ居たるつれづれに、諸大将の陣々に、江口えぐち神崎かんざきの傾城どもを呼び寄せて、様々の遊びをぞせられける。名越なごや遠江とほたふみの入道と同じき兵庫ひやうごの助とは伯叔甥をぢをひにておはしけるが、共に一方の大将にて、責め口近く陣を取り、役所を双べてぞおはしける。ある時遊君いうくんの前にて双六しごろくを打たれけるが、さいの目を論じていささかのことばの違ひけるにや、伯叔甥二人ににん突き違へてぞ死なれける。両人の郎従らうじゆうども、何の意趣もなきに、差し違へ差し違へ、片時へんしあひだに死する者二百余人に及べり。城のうちよりこれを見て、「十善じふぜんの君に敵をし奉る天罰に依つて、自滅する人々の有様見よ」とぞわらひける。まことにこれ直事ただごとに非ず。天魔波旬てんまはじゆん所行しよぎやうかと思えて、浅ましかりし珍事なり。




この後はまったく合戦をしなくなって、諸国の軍勢ただ徒らに城を見上げるばかりで、何もすることはありませんでした。ここにいかなる者が詠んだか、一首の古歌を翻案([原作を生かし,大筋は変えずに改作すること])して、大将の陣の前に立てました。

遠くから見ているばかりではどうにもならぬものを。葛城の高間山(金剛山)の 峯の楠木を。(元歌は、『よそにのみ 見てややみなん 葛城の 高間の山の 峯の白雲』)

軍もなく手持ち無沙汰に集まっては、諸大将の陣々では、江口(現大阪市東淀川区)・神崎(現兵庫県尼崎市)の傾城([美女])どもを呼び寄せて、様々の遊びをしていました。名越遠江入道(北条宗教むねのり)と同じ兵庫助とは伯叔甥でしたが、ともに一方の大将で、攻め口近くに陣を取り、役所([戦陣で、将士が本拠としている所])を並べていました。ある時遊君([遊女])の前で双六を打っていましたが、賽の目をめぐっていささか口論が過ぎたか、伯叔甥二人が刺し違えて死にました。両人の郎従([家来])どもは、何の意趣([恨み])もありませんでしたが、刺し違え刺し違え、片時の間に死ぬ者は二百余人に及びました。城の中よりこれを見て、「十善の君に敵を転覆させようとする天罰に依って、自滅する人々の有様を見よ」と言って笑いました。まことにこれただ事ではありませんでした。天魔波旬([天魔と波旬。人の善事を行うのを妨げる悪魔])の所行かと思われて、見るに堪えない珍事でした。


続く


by santalab | 2016-04-16 08:30 | 太平記

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