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「太平記」千剣破城軍の事(その11)

同じき三月四日関東くわんとうより飛脚到来して、「いくさを止めていたづらに日を送る事不可然」と被下知ければ、宗との大将たち評定ひやうぢやうあつて、御方の向かひ陣と敵の城とのあひだに、高く切り立つたる堀に橋を渡して、城へ打つて入らんとぞたくまれける。為之京都より番匠ばんしやうを五百余人召し下し、五六八九寸の材木を集めて、広さ一丈五尺、長さ二十丈にじふぢやう余りにかけはしをぞ作らせける。梯既に作り出だしければ、大縄おほつな二三千筋にさんぜんすぢ付けて、車木くるまきを以つて巻き立てて、城の切り岸の上へぞ倒し懸けたりける。魯般ろはんが雲の梯もかくやと思えて巧みなり。




同じ三月四日に関東より飛脚が到来して、「軍を止めて徒らに日を送ることはならぬ」と命じたので、主な大将たちは評定して、味方の向かい陣と敵の城との間にある、高く切り立った堀に橋を渡して、城へ打って入ろうと企てました。このために京都より番匠([大工])を五百余人召し下し、五六八九寸の材木を集めて、幅一丈五尺(約4.5m)、長さ二十丈(約60m)余りの架け橋を作らせました。架け橋が完成すると、大縄を二三千筋付けて、搯巻き([重いものを動かすのに用いる滑車])で巻き上げると、城の切り岸の上へ倒し懸けました。魯般(中国春秋時代の魯の工匠。雲梯=城攻めに用いるはしご。を考案したという)の雲梯もこのようなものと思われるほどの出来でした。


続く


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by santalab | 2016-04-17 08:52 | 太平記 | Comments(0)

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