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「太平記」千剣破城軍の事(その12)

やがて逸りつはものども五六千人、橋の上を渡り、我先にと前んだり。あはやこの城只今打落とされぬと見へたる処に、楠木兼ねて用意やしたりけん、投げ松明の先に火を付けて、橋の上にたきぎを積めるが如くに投げ集めて、水弾みづはじきを以つて油を滝の流るるやうに懸けたりける間、火橋桁はしげたに燃え付いて、渓風たにかぜほのほを吹きいたり。なまじひに渡り懸かりたるつはものども、さきへ進まんとすれば、猛火みやうくわ盛んに燃えて身を焦がす、かへらんとすれば後陣ごぢん大勢おほぜいまへの難儀をも不云支へたり。そばへ飛びりんとすれば、谷深くいはほそびへて肝を冷やし、いかがせんと身を揉うで押し合ふほどに、橋桁中より燃えれて、谷底へどうど落ちければ、数千すせんの兵同時に猛火みやうくわの中へ落ち重なつて、一人も不残焼け死ににけり。その有様偏へに八大地獄の罪人の刀山剣樹たうざんけんじゆに貫かれ、猛火鉄湯みやうくわてつたうに身を焦がすらんも、かくやと被思知たり。




やがて逸り雄([血気さかんで勇み立つ若者])の兵ども五六千人が、橋の上を渡り、我先にと進みました。あわや千早城は今にも落とされると思えたところに、楠木(楠木正成)は予てより用意していたか、投げ松明の先に火を付けて、橋の上に薪を積むように投げ集めて、水弾き([空気の圧力を利用して水を遠くまで噴出させる仕掛けの機械])で油を滝が流れるように掛けたので、火は橋桁に燃え付いて、谷風が炎に吹きかけました。うかつにも橋を渡っていた兵どもは、前へ進もうとすれば、猛火が激しく燃えて身を焦がし、戻ろうとすれども後陣の大勢は前の難儀に気付くことなく下がりませんでした。そばへ飛び下りようとしましたが、谷は深く岩が剥き出しているので肝を冷やし、どうしようかと押し合っているうちに、橋桁が途中より燃え折れて、谷底へどっと落ちたので、数千の兵は同時に猛火の中へ落ち重なって、一人残らず焼け死にました。その有様はまるで八大地獄の罪人が刀山剣樹([刀山=刀の刃が上を向いた状態で、無数に立てられている山。剣樹=葉や枝、花、実の全てが剣で出来ている樹])に貫かれ、猛火鉄湯に身を焦がすというも、このようなものだと思い知らされるほどでした。


続く


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by santalab | 2016-04-18 07:23 | 太平記 | Comments(0)

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