Santa Lab's Blog


「太平記」三月十二日合戦の事(その1)

六波羅には斯かる事とは夢にも知らず。摩耶のじやうへは大勢下しつれば、敵を責め落とさん事、日を過ぐさじと心安く思ひける。その左右さうを今や今やと待ちける所に、寄せ手打ち負けて逃げ上る由披露あつて、実説は未聞。何とある事やらん、不審端多き所に、三月十二日申の刻計りに、淀・赤井あかゐ・山崎・西岡辺にしのをかへん三十さんじふ余箇所に火を懸けたり。「こは何事ぞ」と問ふに、「西国の勢すでに三方さんぱうより寄せたり」とて、京中きやうぢゆううへを下へ返して騒動す。両六波羅りやうろくはら驚ひて、地蔵堂ぢざうだうの鐘を鳴らし洛中の勢を被集けれども、宗との勢は摩耶の城より被追立、右往左往うわうざわうに逃げ隠れぬ。その外は奉行ぶぎやう・頭人なんど被云て、肥えふくれたる者どもが馬に被舁乗て、四五百騎馳せ集まりたれども、皆ただあきれ迷へる計りにて、差したる義勢もなかりけり。




六波羅ではこのようなことになるとは夢にも思っていませんでした。摩耶城へは大勢を下したので、敵を攻め落とすのに、日数を要することはないと安心していました。知らせを今か今かと待つところに、寄せ手が打ち負けて逃げ上ると噂が立ちましたが、実説([本当の話])は聞こえませんでした。何があったかと、怪しく思うところに、三月十二日の申の刻([午後四時頃])ばかりに、淀(現京都市伏見区)・赤井(閼伽井?現京都市伏見区?)・山崎(現大阪府三島郡島本町)・西岡(現京都府向日市)辺三十余箇所に火が懸かりました。「これは何事ぞ」と訊ねると、「西国の勢が三方より攻めて来ます」と答えたので、京中は上を下へ返す騒動となりました。両六波羅(北方、北条仲時なかとき。南方、北条時益ときます)は驚いて、地蔵堂の鐘を鳴らして洛中の勢を集めましたが、主な勢は摩耶城より追い立てられ、右往左往して逃げ隠れていました。そのほか奉行・頭人など、肥えた者どもが馬に舁き乗って、四五百騎馳せ集まりましたが、皆ただあきれ迷うばかりで、これという義勢はありませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-04-27 07:29 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」摩耶合戦の事付酒部瀬...      「増鏡」あすか川(その11) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧