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「太平記」将軍御逝去事(その2)

さらぬ別れの悲しさはさる事ながら、国家の柱石ちゆうせき砕けぬれば、天下今もいかがとて、歎き悲しむ事限りなし。さてあるべきにあらずとて、中一日あつて、衣笠山きぬがさやまの麓等持院とうぢゐんさうし奉る。鎖龕そがん天竜寺てんりゆうじ竜山りようざん和尚、起龕きがん南禅寺なんぜんじ平田へいでん和尚、奠茶てんちや建仁寺けんにんじ無徳ぶとく和尚、奠湯てんたう東福寺とうふくじ鑑翁かんをう和尚、下火あこは等持院の東陵とうりよう和尚にてぞをはしける。あはれなるかな、武将に備はつて二十五年、向かふところは必ず従ふといへども、無常の敵の来るをば防ぐにその兵なし。悲しいかな、天下ををさめて六十余州よしう、命に随ふ者多しといへども、有為うゐさかひを辞するには伴うて行く人もなし。身はたちまちにして暮天ぼてん数片すへんの煙と立ち上り、骨は空しく留まつて卵塔らんたふ一掬いつきくの塵となりにけり。別れの涙掻き暮れて、これさへ止まらぬ月日かな。五旬なきほど過ぎければ、日野左中弁忠光ただみつ朝臣を勅使にて、従一位じゆいちゐ左大臣の官を贈らる。宰相さいしやう中将ちゆうじやう義詮よしあきら朝臣、宣旨を開いて三度拝せられけるが、涙を押さへて、

帰るべき 道しなければ 位山 上るに付けて ぬるる袖かな

と詠まれけるを、勅使も哀れなる事に聞きて、ありのままに奏聞しければ、君限りなく叡感えいかんあつて、新千載集しんせんざいしふを撰ばれけるに、委細ゐさいの事書きを載せられて、哀傷あいしやうの部にぞ被れられける。勅賞ちよくしやうの至り、まことに忝かりし事どもなり。




別れの悲しさは申すまでもないことでしたが、国家の柱石が砕けて、天下はこれからどうなることかと、嘆き悲しむこと限りありませんでした。どうにもならないことなれば、中一日あって、衣笠山の麓等持院(現京都市北区にある寺院)に埋葬しました。鎖龕([葬式の際、遺体を納めた棺のふたをすること])は天竜寺(現京都市右京区にある天龍寺)の竜山和尚、起龕([葬儀の時、棺を墓所へ送り出すこと])は南禅寺(現京都市左京区にある寺院)の平田和尚、奠茶([茶を霊前などに供えること])は建仁寺(現京都市東山区にある寺院)の無徳和尚、奠湯([仏前または大衆に蜜湯を点じて供すること])は東福寺(現京都市東山区にある寺院)の鑑翁和尚、下火([火葬の時に導師が遺体を焼く燃料に火をつけること])は等持院の東陵和尚が勤めました。哀れなことでした、武将として二十五年、向かうところは必ず従えるといえど、無常の敵の来るのを防ぐ兵はありませんでした。悲しいかな、天下を治めて六十余州、命に随う者は多くいましたが、有為(この世)の境を去るのに伴う人はいませんでした。身はたちまちに化して暮天に数片の煙と立ち上り、骨は空しく留まつて卵塔([主に僧侶の墓塔として使われる石塔])一掬([わずかな量])の塵となりました。別れの涙に掻き暮れて、月日は過ぎました。五旬(五十日)があっという間に過ぎて、日野左中弁忠光朝臣(日野忠光)を勅使にして、従一位左大臣の官が贈られました。宰相中将義詮朝臣(足利義詮。足利尊氏の嫡男)は、宣旨を開いて三度拝すると、涙を押さえて、

帰ることもできない道に旅立たれた父の、位が上がると聞けば、ますます涙が止まりません。

と詠みました、勅使も哀れなことに思い、ありのままに奏聞すると、君(北朝第四代、後光厳天皇)も限りなく叡感あって、新千載集を撰ばれる時、詳しく詞書([ 和歌や俳句の前書きとして、その作品の動機・主題・成立事情などを記したもの])を載せられて、哀傷の部に入れられました。勅賞の至り、まことに畏れ多いことでした。


続く


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by santalab | 2016-05-01 20:40 | 太平記 | Comments(0)

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