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「太平記」三月十二日合戦の事(その6)

去るほどに西七条の手、高倉少将の子息左衛門さゑもんすけ、小寺・衣笠のつはものども、早や京中へ責め入つたりと見へて、大宮おほみや猪熊ゐのくま・堀川・油小路あぶらのこうぢの辺、五十ごじふ余箇所に火を懸けたり。また八条、九条のあひだにも、戦ひありと思へて、汗馬かんば東西に馳せ違ひ、鬨の声天地を響かせり。ただ大三災だいさんさい一時に起こつて、世界悉く却火ごふくわの為に焼け失せるかと疑はる。京中の合戦は、夜半許りの事なれば、目指すとも知らぬ暗き夜に、鬨の声ここかしこに聞こへて、勢の多少も軍立ちのやうも見分かざれば、いづくへ何と向かうて軍を可為とも不覚。京中の勢は、先づただ六条川原ろくでうかはらに馳せ集まつて、あきれたるていにて控へたり。




やがて西七条の手の、高倉少将の子息左衛門佐、小寺・衣笠の兵どもが、すでに京中に攻め入ったと見えて、大宮・猪熊・堀川・油小路の辺、五十余箇所に火を懸けました。また八条、九条の間にも、戦いが起こったと思えて、汗馬が東西に馳せ違い、鬨の声が天地に轟きました。ただ大三災([火災・水災・風災])が一時に起こって、世界は残らず却火([世界が破滅する壊劫えこふの終末に起こり、世界を焼き尽くしてしまう大火])によって焼け失せるかと思われました。京中の合戦は、夜半ばかりのことでしたので、目指す先も知らぬ暗い夜に、鬨の声がここかしこに聞こえて、勢の多少も軍立ちの様子も分かりませんでしたので、軍がどこへ向かっているのかも知れませんでした。京中の勢は、ともかく六条川原に馳せ集まって、唖然として控えるばかりでした。


続く


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by santalab | 2016-05-02 07:20 | 太平記 | Comments(0)

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