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「太平記」宰相中将殿賜将軍宣旨事(その1)

鎌倉ぞう左大臣尊氏公こうじ給ひしきざみ、世の危ぶむ事、深淵しんえんに臨んで薄氷はくひようを踏むが如くにして、天下今に反覆はんぷくしぬと見へけるところに、これぞまことに武家の棟梁とうりやうともなりぬべき器用と見へし新田兵衛ひやうゑすけ義興よしおきは、武蔵の国にて討たれぬ。去年まで筑紫九国を打ち従へたりし菊池肥後のかみ武光たけみつも、少弐せうに・大伴がひるがへつて敵になりし後はいきほひ少なくなりぬと聞こへしかば、宮方の人々は月を望むには暁の雲に逢へるが如く、あらまほしき天に悲しみあつて、意に叶はぬ世の憂さを歎きければ、将軍しやうぐん方の武士どもは、うゑきを移して春の花を見るが如く、危ふき中にも待つ事おほくして、今は何事かあるべきと悦ばぬ人もなかりけり。




鎌倉贈左大臣尊氏公(足利尊氏)が薨じて、世を危ぶむ様は、深淵に臨んで薄氷を踏むが如くにして、天下は今に反覆([転覆])するのではないかと思えるところに、これぞまこと武家の棟梁ともなるであろう器量と思えた新田兵衛佐義興(新田義興)も武蔵国で討たれました。去年まで筑紫九国を打ち従えていた菊池肥後守武光(菊池武光)も、少弐(少弐頼尚よりひさ)・大伴(大友氏時うぢとき)がひるがへつて敵になりし後は勢いは衰えたと聞こえたので、宮方の人々は月を望むに暁の雲に逢えるが如く、望みの天には悲しみばかりあって、意に叶わぬ世の憂さを嘆きました、一方将軍方の武士どもは、植木を移して春の花を見る如く、危うい中にも望みを待つこと多くして、今は何事かあるべきかとよろこばぬ人はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-05-05 08:49 | 太平記 | Comments(0)

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