Santa Lab's Blog


「太平記」天下時勢粧の事(その2)

天下てんがの危ふかりし時だにも、世のそしりをも不知おごりを極め欲を欲しいままにせし大家たいかの氏族、高・上杉の党類たうるゐなれば、のうなく芸なくして乱階不次の賞にあづかり、例にあらず法にあらずして警衛判断のしよくを司る。初めのほどこそ朝敵てうてきの名を憚かりて毎事天慮を仰ぎまうていにてありしが、今は天下ただ武徳に帰して、公家あつて何の用にか立つべきとて、月卿雲客うんかく・諸司格勤かくごの所領は云ふに及ばず、竹園椒房せうばう禁裡仙洞きんりせんとうの御領までも武家の人押領あふりやうしける間、曲水重陽きよくすゐちようやうの宴も絶え果て、白馬踏歌あをむまたふか節会せちゑも行はれず、如形儀ばかりなり。禁闕きんけつ仙洞さびかへり、参仕拝趨さんしはいすうの人もなかりけり。いはんや朝廷のまつりごと、武家の計らひに任せてありしかば、三家さんけ台輔たいふ奉行頭人ぶぎやうとうにんの前に媚びを成し、五門の曲阜きよくふも執事侍所の辺にまひなふ。されば納言だうげん宰相さいしやうなんど路次ろしに行き合ひたるを見ても、声を学び指を差して軽慢きやうまんしける間、公家の人々、いつしか云ひ習はぬ坂東声ばんどうごゑを使い、着も馴れぬ折烏帽子に額をあらはして、武家の人に紛れんとしけれども、立ち振る舞へるていさすがになまめいて、額付ひたひつきの跡もつての外に下がりたれば、公家にも不付、武家にも不似、ただ都鄙とひに歩みを失ひし人の如し。




天下が危うかりし時でさえ、世の譏りも知らず奢りを極め欲を欲しいままにした大家氏族は、高・上杉の党類でした、能もなく芸もなく乱階([順序を越えて位階を進めること])不次の賞に与かり、例になく法にもなくして警衛判断の職を司りました。はじめのほどこそ朝敵の名を憚かり事に付け天慮を仰ぎ申していましたが、今は天下ただ武徳に帰して、公家がいたところで何の役にも立つものかと、月卿雲客([公卿と殿上人])・諸司格勤([院・親王家・大臣家などに仕えた武士])の所領は言うに及ばず、竹園椒房([皇族と皇后])・禁裡仙洞([御所と院御所])の御領までも武家が取り上げたので、曲水([曲水の宴]=[宮中や貴族の屋敷で陰暦三月三日に行われた年中行事の一])重陽([陰暦九月九日=重陽。催された観菊の宴])の宴も絶え果て、白馬([白馬あをうまの節会]=[陰暦正月七日、左右馬寮めれう)から白馬を紫宸殿の庭に引き出し、天覧の後、群臣に宴を賜った])踏歌([正月の祝儀として、天皇出席のもと、長寿を祝い、万民の豊年を祈って群集舞踏する踏歌を見る節会])の節会も行はれず、形ばかり執り行われました。禁闕仙洞([皇居と院御所])は静まり返り、参仕拝趨([拝趨]=[相手の所へ出向くことをへりくだっていう語])の人もいませんでした。申すまでもなく朝廷の政は、武家の思うがままでしたので、三家([公家の三家。閑院・花山院・中院])の台輔([三公の位にあって天子を補佐し、百官を統率する者])さえも奉行頭人の前に媚びをなし、五門([五摂家]=[摂政・関白に任じられる五つの家柄。藤原北家の流れで、近衛・九条・二条・一条・鷹司の五家])の曲阜(子孫)も執事侍所の辺で費用・人手などを手配しました。こうして納言宰相([参議])などと路地で出会っても、口真似をし指差して軽慢([人を侮ること])したので、公家の人々も、いつしか習わぬ坂東声([坂東なまり])を使い、着馴れぬ折烏帽子を着、武家の人に紛れようとしていましたが、立ち振る舞いはさすがに雅やかで、額付き([額ぎわの格好])は深く、公家でもなく、武家でもなく、ただ都鄙([都と田舎])どちらつかずの者のようでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-05-07 08:27 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」作々木信胤成宮方事(...      「太平記」持明院殿行幸六波羅事... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧