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「太平記」持明院殿行幸六波羅事(その10)

軍散じて翌日に、隅田すだ・高橋京中を馳せまはつて、ここかしこの堀・溝に倒れ居たる手負ひ死人の首どもを取り集めて、六条川原ろくでうかはらに懸け並べたるに、その数八百七十三はつぴやくしちじふさんあり。敵これまで多く被討ざれども、軍もせぬ六波羅勢ども、「我れ高名かうみやうしたり」と云はんとて、洛中・辺土の在家人なんどの首仮首かりくびにして、様々の名を書き付けて出だしたりける首どもなり。その中に赤松入道円心ゑんしんと、札を付けたる首五つあり。いづれも見知りたる人なければ、同じやうにぞ懸けたりける。京童部きやうわらんべこれを見て、「首を借りたる人、利子りこを付けて可返。赤松入道分身して、敵の尽きぬさうなるべし」と、口々にこそ笑ひけれ。




軍が散じた翌日に、隅田・高橋は京中を馳せ廻って、ここかしこの堀・溝に倒れた手負い死人の首を取り集めて、六条河原に懸け並べると、その数は八百七十三に及びました。敵はこれほど多くは討たれませんでしたが、軍もしなかった六波羅勢どもは、「我が高名を上げたぞ」と言うために、洛中・辺土の在家人などの首を仮首([その人のものらしく見せかけたにせ首])にして、様々の名を書き付けて差し出した首でした。その中に赤松入道円心(赤松則村のりむら)と、札を付けた首が五つありました(赤松則村は、この時討たれていない)。いずれも見知った人はいませんでしたので、同じく懸けられました。京童部([京都の若者たち。何かといえば騒ぎ出すので,口やかましい者の代表として用いる])はこれを見て、「首を借りた人は、利子を付けて返さなくては。赤松入道が分身しては、敵が尽きないことになる」と、口々に笑いました。


続く


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by santalab | 2016-05-13 00:14 | 太平記 | Comments(0)

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