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「太平記」禁裡仙洞御修法の事付山崎合戦の事(その1)

この頃四海しかいおほきに乱れて、兵火ひやうくわ天をかすめり。聖主いを負うて、春秋無安時、武臣ほこを建てて、旌旗せいき無閑日。これ以法威逆臣を不鎮ば、静謐せいひつその期不可有とて、諸寺諸社におほせて、大法だいほふ秘法をぞ被修ける。梶井かぢゐの宮は、聖主の連枝、山門の座主にておはしましければ、禁裏に壇を立てて、仏眼の法を行はせ給ふ。裏辻の慈什じじふ僧正は、仙洞にて薬師の法を行はる。武家また山門・南都・園城寺をんじやうじ衆徒しゆとの心を取り、霊鑑れいかんの加護をあふがん為に、所々の庄園しやうゑんを寄進し、種々の神宝しんはうたてまつつて、祈祷を被致しかども、公家の政道不正、武家の積悪わざはひを招きしかば、祈るともしん不享非礼、語らへども人不耽利欲にや、ただ日をつて、国々より急を告ぐる事隙なかりけり。




この頃は四海([国内])はたいそう乱れて、兵火が天を掠めました。聖主はい([屏風])を背にして、春秋安らかならず、武臣は矛を立てて、旌旗([旗])がたなびかない日はありませんでした。こうして法威を以って逆臣を鎮めずば、静謐([世の中が穏やかに治まっていること])はいつの日かあるべきと、諸寺諸社に仰せて、大法秘法を行わせました。梶井宮(梶井二品親王。第九十三代後伏見天皇の第六皇子、 承胤しよういん法親王)は、聖主(第九十六代後醍醐天皇)の連枝、山門(延暦寺)の座主でしたので、禁裏([内裏])に壇を立てて、仏眼法([密教で、仏眼尊を本尊として息災を祈る修法])を行ないました。裏辻の慈什僧正は、仙洞([院御所])で薬師法([密教で、薬師如来を本尊として除病・厄難消除・ 安息を祈る修法])を行ないました。武家もまた山門・南都・園城寺(現滋賀県大津市にある寺院)の衆徒([僧])の心を把み、霊鑑([天や神仏がご覧になること])の加護を仰ごうとして、所々の庄園を寄進し、種々の神宝を献上して、祈祷を致しましたが、公家の政道は必ずしも正しからず、武家の積悪は禍いを招き、祈るとも神は非礼を受け容れることなく、語らえども人は利欲に走ることはなかったか、ただ日を追うごとに、国々より隙なく急を告げました。


続く


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by santalab | 2016-05-13 00:16 | 太平記 | Comments(0)

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