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「太平記」菊池合戦事(その8)

二番に菊池がをひ肥前の二郎武信たけのぶ・赤星掃部かもんの助武貫たけつら、千余騎にて進めば、小弐せうにが次男太宰越後ゑちごかみ頼泰よりやす、並びに太宰出雲いづもの守、二万余騎にて相向かふ。初めは百騎づつ出で合ひて戦ひけるが、後には敵御方二万二千余騎、さつと入り乱れ、ここに分かれかしこに合ひ、半時許はんじばかり戦ひけるが、組んで落つれば下り重なり、切つて落とせば首を捕る。戦未だ決せざるさきに、小弐方には赤星掃部の助武貫を討つて悦び、寄せ手は引つ返す。菊池が方には太宰の越後の守をいけどりて、勝ち鬨を上げてぞ悦びける。この時宮方に、結城ゆふき右馬のかみ・加藤大夫の判官はうぐわん合田あふた筑前の入道にふだう熊谷くまがえ豊後のかみ三栗屋みくりや十郎・太宰の修理しゆりすけ・松田丹後の守・同じき出雲いづもの守・熊谷民部の大輔以下、宗との兵三百余人討ち死にしければ、将軍方しやうぐんがたには、饗庭あいば右衛門うゑもん蔵人くらんど・同じき左衛門さゑもんの大夫・山井やまゐ三郎・相馬さうま小太郎・木綿こわた左近の将監しやうげん西川にしかは兵庫ひやうごの助・草壁六郎ろくらう以下、憑み切りたるつはものども七百余人討たれにけり。




二番に菊池(菊池武光たけみつ)の甥肥前次郎武信・赤星掃部助武貫(赤星武貫)が、千余騎で進めば、小弐(少弐頼尚よりひさ)の次男太宰越後守頼泰(頼尚の甥らしい)、並びに太宰出雲守が、二万余騎で向かいました。初めは百騎ずつ出で合って戦いましたが、後には敵味方二万二千余騎が、さっと入り乱れ、ここに分かれかしこに合い、半時ばかり戦いました、組んで落ちれば落ち重なり、切って落として首を捕りました。戦がいまだ決せぬ前に、小弐方は赤星掃部助武貫を討ってよろこび、寄せ手は引き返しました。菊池方は太宰越後守を生け捕って、勝ち鬨を上げてよろこびました。この戦いで宮(懐良かねよし親王)方が、結城右馬頭・加藤大夫判官・合田筑前入道・熊谷豊後守・御厨十郎・太宰修理亮・松田丹後守・同じく出雲守・熊谷民部大輔以下、主な兵三百余人が討ち死にすると、将軍(室町幕府第二代将軍、足利義詮よしあきら)方は、饗庭右衛門蔵人・同じく左衛門大夫・山井三郎・相馬小太郎・木綿左近将監・西川兵庫助・草壁六郎以下、頼み切った兵ども七百余人が討たれました。


続く


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by santalab | 2016-05-14 08:25 | 太平記 | Comments(0)

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