Santa Lab's Blog


「太平記」菊池合戦事(その10)

敵これを見知りたりければ、射て落とさんと、やじりを揃へて如雨降射けれども、菊池が着たるよろひは、この合戦の為に三人張りの精兵せいびやうに草摺を一枚づつ射させて、通らぬさねを一枚混ぜにこしらへてをどしたれば、いかなる強弓つよゆみが射けれども、裏掻く矢一つもなかりけり。馬は射られてたふるれども乗り手は疵をかうむらねば、乗り替へては懸け入り懸け入り、十七度じふしちどまで懸けけるに、菊池兜を落とされて、小鬢こびんを二太刀切られたり。すはや討たれぬと見へけるが、小弐せうに新左衛門しんざゑもん武藤たけふぢと押し双べて組んで落ち、小弐が首を取つてきつさきに貫き、兜を取つて打ち着て、敵の馬に乗り替へ、敵の中へつて入り、今日の卯の刻より酉の下がりまで一息をも不継相戦あひたたかひけるに、新小弐を始めとして一族二十三人にじふさんにん、憑み切りたる郎従四百余人、その外の軍勢三千二百二十六人まで討たれにければ、小弐今は叶はじとや思ひけん、太宰府へ引き退いて、宝万はうまんが岳に引き上がる。菊池も勝ち軍はしたれども、討ち死にしたる人を数ふれば、千八百余人としるしたりける。続いて敵にも不懸、しばらく手負ひを助けてこそまた合戦を致さめとて、肥後国へ引つ返す。その後は、敵も御方も皆己が領知りやうちの国に立て篭もりて、中々軍もなかりけり。




敵はこれらの者を見知っていましたので、射て落とそうと、鏃を揃えて雨が降る如く矢を射まぢたが、菊池(菊池武光たけみつ)が着た鎧は、この合戦のために三人張りの精兵([弓を引く力の強いこと。また、その者])に草摺([甲冑の胴の裾に垂れ,、下半身を防御する部分])を一枚ずつ射させて、通らぬ札([甲冑の材料となる鉄・革の小])を一枚混ぜに拵えて威したものでしたので、いかなる強弓が矢を射ましたが、裏を掻く矢は一つもありませんでした。馬は射られて倒れても乗り手は疵を被りませんでしたので、乗り替えては駆け入り駆け入り、十七度まで駆け出ました、菊池(武光)は兜を落とされて、小鬢を二太刀切られました。あわや討たれると見えましたが、小弐新左衛門武藤と押し並べて組んで落ち、小弐の首を捕って切っ先に貫き、兜を取って着て、敵の馬に乗り替え、敵の中へ破って入り、今日の卯の刻([午前六時頃])より酉の下がり([午後六時頃])まで一息をも継がず戦って、新小弐をはじめとして一族二十三人、頼み切った郎従([家来])四百余人、そのほかの軍勢三千二百二十六人が討たれたので、小弐(少弐頼尚よりひさ)はこうなっては敵わぬと思ったか、太宰府へ引き退いて、宝万山(現福岡県太宰府市にある山)に上がりました。菊池(武光)も勝ち軍はしましたが、討ち死にした人を数えれば、千八百余人に及びました。続いて敵にも駆けず、しばらく手負いを助けてまた合戦すべしと、肥後国に引き返しました。その後は、敵も味方も皆己の領知([土地を領有して支配すること])の国に立て籠もり、まったく軍はありませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-05-14 08:37 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」禁裡仙洞御修法の事付...      「太平記」菊池合戦事(その9) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧