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「太平記」京軍事(その5)

左衛門さゑもんすけの兵の中に、三村首藤左衛門みむらすどうざゑもん・後藤掃部かもんの助・西塔さいたふ金乗坊こんじようばうとて、手番てつがふたる勇士五騎あり。互ひにきつと合眼めくはせして、南部に組まんと相近付く。南部尻目に見て、からからと打ちわらひ、「物々しの人々かな。いで胴切つて太刀の金の程見せん」とて、五尺六寸の太刀を以つて開いて片手打ちにしとと打つ。金乗房無透間つと懸け寄つてむずと組む。南部元来大力なれば、金乗を取つてちうに差し上げたれども、人飛礫ひとつぶてに打つまではさすが不叶、太刀の寸延びたれば、手本近くして下げ切りにもせられず、ただ押し殺さんとや思ひけん、築地ついぢの腹に推し当てて、ゑいやゑいやと押しけるに、すでに乗つたる馬尻居しりゐにどうとたふれければ、馬は南部が引つ敷きの下にありながら、二人ににん引つ組んで伏したり。四騎の兵馳せ寄りて、つひに南部を打つてければ、金乗南部が首を取つてきつさきに貫いて馳せかへる。これにて軍は止んで敵御方相引あひびきに京白河へぞ帰りにける。




左衛門佐の兵の中に、三村首藤左衛門・後藤掃部助・西塔の金乗坊と申して、手番い(騎射うまゆみに勝れた者?)の勇士が五騎ありました。互いにきっと目配せして、南部(南部政長まさなが)と組もうと近付きました。南部尻目にこれを見て、からからと打ち笑い、「なんと仰々しいことよ。ならば胴切りして太刀の切れ味を見せてやろう」と言って、五尺六寸の太刀を振り上げて片手打ちに振り下ろしました。金乗房は透き間なくさっと駆ける寄ると南部と組みました。南部は元より大力でしたので、金乗を捕らえて宙に差し上げましたが、人礫に投げ飛ばすことはさすがに叶わず、長太刀でしたので、手本に近く下げ切りにもできず、押し殺そうと思ったか、築地([土塀])の腹に押し当てて、えいやえいやと押すと、南部(政長)が乗っていた馬は尻もちをついて倒れてしまいました、馬は南部の引敷([引敷の板]=[鎧の背面の草摺])の下敷きとなって、二人は引っ組んだまま倒れました。四騎の兵が馳せ寄って、遂に南部を討ちました、金乗が南部の首を捕って切っ先に貫いて馳せ帰りました。これにて軍は止んで敵味方とも引いて京白河(現京都市左京区)に帰りました。


続く


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by santalab | 2016-05-18 07:34 | 太平記 | Comments(0)

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