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「太平記」四月三日合戦の事付妻鹿孫三郎勇力の事(その5)

小早河こばいかはは島津安芸の前司とは東寺の敵に向かつて、追つつかへしつ戦ひけるが、おのが陣の敵を河野かうの陶山すやまとに被払て、身方の負けをしつる事よと無念に思ひければ、「西の七条へ寄せつる敵に逢うて、華やかなる一軍せん」と云つて、西八条を上りに、西朱雀にししゆじやかへぞ出でたりける。ここに赤松入道、究竟くきやうの兵をすぐつて、三千余騎にて控へたりければ、無左右可破やうもなかりなり。されども嶋津・小早河が横合ひに懸かるを見て、戦ひ疲れたる六波羅勢力を得て三方さんぱうより攻め合はせける間、赤松が勢、忽ちに開き靡いて三所に控へたり。




小早川と島津安芸前司は東寺の敵に向かって、追いつ返しつ戦っていましたが、己の陣の敵を河野と陶山に払われて、味方に負けたと無念に思い、「西七条へ寄せている敵に向かって、思う通り一軍せよ」と言って、西八条を上りに、西朱雀(現京都市伏見区)に出ました。ここには赤松入道(赤松則村のりむら)は、究竟の兵を選って、三千余騎で控えていましたので、容易く破ることができるとも思えませんでした。けれども島津・小早川が横様に懸かるのを見て、戦ひ疲れた六波羅は勢力を得て三方から攻め合わせたので、赤松の勢は、たちまちに分かれて三所に控えました。


続く


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by santalab | 2016-05-27 07:28 | 太平記 | Comments(0)

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