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「太平記」四月三日合戦の事付妻鹿孫三郎勇力の事(その7)

島津安芸の前司これを聞いて、子息二人ににん手の者どもに向かつて云ひけるは、「日頃聞き及びし西国さいこく一の大力だいりきとはこれなり。彼らを討たん事大勢にては叶ふまじ。御辺たちはしばらく外に控へて自余の敵に可戦。我ら父子三人相近付あひちかづいて、進んづ退いつしばらく悩ましたらんに、などかこれを討たざらん。たとひ力こそ強くとも、身に矢の立たぬ事不可有。たとひ走る事早くとも、馬にはよも追つ付かじ。多年稽古の犬笠懸け、今の用に不立ばいつをか可期。出で出で不思議の一軍して人に見せん」と云ふ侭に、ただ三騎打ち抜けて四人の敵に相近付く。田中藤九郎これを見て、「その名はいまだ知らねども、猛くも思へる心ざしかな、同じくは御辺を生け捕つて、御方に成して軍せさせん」とあざ笑うて、くだんの金棒を打ち振つて、しづかに歩み近付く。島津も馬を静々しづしづと歩ませ寄りて、矢比やごろに成りければ、先づ安芸の前司、三人張りに十二束三伏じふにそくみつぶせ、しばし堅めてちやうと放つ。その矢あやまたず、田中が右の頬前ほうさきを兜の菱縫ひしぬひの板へ懸けて、篦中許のなかばか射通いとほしたりける間、急所の痛手に弱りて、さしもの大力だいりきなれども、目暮れて更に進み不得。




島津安芸前司(島津忠信ただのぶ?)はこれを聞いて、子息二人手の者どもに向かって言うには、「日頃聞いておる西国一の大力とはこの者どもよ。彼らを討つには大勢では叶うまい。お前たちはしばらく外に控えて自余の敵と戦え。我ら父子三人が近付いて、進んでは引いてしばらく疲れさせたなら、どうして討てぬことがあろう。たとえ力が強くとも、身に矢の立たぬことがあろうや。たとえ走ること速くとも、馬にはよもや追い付けぬ。多年稽古の犬笠懸け([犬追物=犬を射る競技。と笠懸=疾走する馬上から的に鏑矢を放ち的を射る競技])、今の用に立たずばいつをか期するべき。さあ不思議の一軍して人に見せようぞ」と言うままに、ただ三騎打ち抜けて四人の敵に近付きました。田中藤九郎はこれを見て、「その名は知らぬが、猛くも思える心ざしよ。お主を生け捕って、味方にして軍させたいものだ」とあざ笑って、金棒を打ち振って、ゆっくりと歩み近付きました。島津も馬を静々と歩ませ寄って、矢頃になると、まず安芸前司が、三人張りに十二束三伏の矢を、しばし固めて放ちました。その矢は誤たず、田中が右の頬先を兜菱縫の板([兜のしころ、鎧の袖・草摺などの最も下の板])へ懸けて、篦中ばかり射通したので、急所の痛手に弱り、大力の者でしたが、目は暮れてさらに進むことは叶いませんでした。


続く


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by santalab | 2016-05-29 09:28 | 太平記 | Comments(0)

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