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「太平記」兵部卿親王流刑の事付驪姫事(その1)

兵部卿ひやうぶきやう親王しんわう天下の乱に向かふ程は、無力為遁其身難雖被替御法体、四海すでに静謐せいひつせば、如元復三千貫長位、致仏法・王法紹隆給はんこそ、仏意にも叶ひ叡慮にもたがはせ給ふまじかりしを、備征夷将軍位可守天下武道とて、すなはち勅許を被申しかば、聖慮不隠しかども、任御望遂に被下征夷将軍宣旨。斯かりしかば、四海しかい倚頼いらいとして慎身可被重位御事なるに、御心のままに極侈、世のそしりを忘れて婬楽いんらくをのみ事とし給ひしかば、天下の人皆再び世のあやふからん事を思へり。大乱の後は弓矢をつつみて干戈かんくわ袋にすとこそ申すに、何の用ともなきに、強弓つよゆみ射る者、大太刀おほたち仕ふ者とだに申せば、無忠被下厚恩、左右前後に仕承ししようす。あまつさ加様かやうのそら絡繰がらくる者ども、毎夜京白河しらかはまはつて、辻切りをしけるほどに、路次ろしに行き合ふ児法師ちごほふし女童部をんなわらんべ、ここかしこに被切倒、逢横死者無休時。これもただ足利治部卿を討たんと被思召けるゆゑに、集兵被習武ける御挙動ふるまひなり。




兵部卿親王(護良もりよし親王)が天下の乱に向かったのは、身の難を遁れるために法体を替えてのことでしたが、四海([国内])はすでに静謐([世の中が穏やかに治まっていること])となり、元通り三千の貫長の位(天台座主)に復し、仏法を致し・王法の隆盛を願うことこそ、仏意にも叶い叡慮にもそぐうものではしたが、備征夷将軍の位に備わり武道をもって天下を守りたいと、たちまち勅許を下されるよう申したので、聖慮は隠れなきものでしたが、望み通り遂に征夷将軍の宣旨を下されました。こうして、四海の倚頼([頼み])として身を慎み重ねて位に即かれるべきでしたが、 心のままに奢りを極め、世の譏りを忘れて婬楽に耽ったので、天下の人皆再び世が危うくなるのではないかと思いました。大乱の後は弓矢を包み干戈([武器])を袋に収めると申しますが、何の用もなく、強弓射る者、大太刀を使う者だと申せば、忠なく厚恩に与かり、(護良親王の)左右前後に仕えました。その上そのような絡繰る([裏にいて、様々に企む])者どもが、毎夜京白川を徘徊し、辻斬りをしたので、路次で行き合う児法師・女童部は、ここかしこに斬り倒されて、横死する者は休む隙もありませんでした。これもただ足利治部卿(足利尊氏)を討とうと思う故に、兵を集め武術を習わせるためでした。


続く


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by santalab | 2016-05-29 09:34 | 太平記 | Comments(0)

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