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「太平記」兵部卿親王流刑の事付驪姫事(その2)

そもそも高氏たかうぢきやう今までは随分有忠じんにて、有過僻不聞、依何事兵部卿ひやうぶきやう親王しんわうは、これほどに御いきどほりは深かりけるぞと、根元を尋ぬれば、去年の五月に官軍くわんぐん六波羅を責め落としたりし刻み、殿の法印の手の者ども、京中の土蔵どざうどもを打ち破つて、財宝どもを運び取りける間、為鎮狼籍、足利殿の方よりこれを召し捕つて、二十にじふ余人六条河原ろくでうかはらに切つてぞ被懸ける。その高札に、「大塔宮おほたふのみや候人こうにん、殿の法印良忠りやうちゆうが手の者ども、於在々所々、昼強盜ひるがうだうを致す間、所誅なり」とぞ被書たりける。殿の法印この事を聞いて不安事に被思ければ、様々のざんを構へ方便てだてを廻らして、兵部卿親王にぞ被訴申ける。加様かやうの事ども重畳ぢゆうでふして達上聞ければ、宮も憤り思し召して、志貴しぎに御座ありし時より、高氏卿を討たばやと、連々に思し召し立ちけれども、勅許ちよくきよなかりしかば無力黙止もだし給ひけるが、なほ讒口ざんこう不止けるにや、内々以隠密儀を、諸国へ被成令旨を、つはものをぞ被召ける。




そもそも高氏卿(足利高氏)は今までは随分忠義あって、過分の僻事([過ち])を聞くことはありませんでしたが、何故兵部卿親王(護良もりよし親王)は、これほどに(高氏に対して)憤り深いのか、そも根元を尋ねれば、去年の五月に官軍が六波羅を攻め落とした時、殿法印(良忠。二条師忠もろただの猶子)の手の者どもが、京中の土蔵を打ち破って、財宝を運び取ったので、狼籍を鎮めるために、足利殿(足利高氏)の方がこの者どもを召し捕って、二十余人を六条河原で斬って獄門に懸けました。その高札に、「大塔宮(護良親王)の候人([門跡や諸大寺に仕えた妻帯・僧形の衆])、殿法印良忠の手の者どもが、在々所々において、昼強盜を致したので、誅したものである」と書かれていました。殿法印はこれを聞いて腹を立て、様々の讒([他人を陥れるために事実でない悪口を言うこと])を仕立て方便を廻らして、兵部卿親王に訴えました。このことが重畳([幾重にも重なること])して上聞に達すれば、宮も憤りを覚えて、志貴(現奈良県生駒郡にある朝護 孫子寺)におられた時より、高氏卿を討たなくてはと、連々に思い立たれましたが、勅許もなく仕方なく口をつぐみました、けれどなおも讒口([讒言])は止むことがなかったか、内々隠密を遣わして、諸国へ令旨([皇太子、三后 =太皇太后・皇太后・皇后、親王、内親王、女院、仏門に入った皇子が意を下達するときの奉書形式の文書])をなし、兵を集めました。


続く


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by santalab | 2016-05-29 09:40 | 太平記 | Comments(0)

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