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「太平記」兵部卿親王流刑の事付驪姫事(その3)

高氏たかうぢきやうこの事を聞いて、内々奉属継母准后被奏聞けるは、「兵部卿ひやうぶきやう親王しんわう為奉奪帝位、諸国のつはものを召し候ふなり。その証拠しやうご分明ぶんみやうに候ふ」とて、国々へ被成下処の令旨りやうじを取つて、被備上覧けり。君おほきに逆鱗あつて、「この宮を可処流罪」とて、中殿の御会くわいに寄事兵部卿親王をぞ被召ける。宮懸かる事とは更に不思召寄、前駈ぜんく二人ににんさぶらひじふ余人召し具して、忍びやかに御参内ありけるを、結城判官ゆふきはうぐわん伯耆はうき守二人、兼ねてより承勅用意したりければ、鈴の間の辺に待ち受けて奉捕之、すなはち馬場殿に奉押篭。




高氏卿(足利高氏)はこれを聞いて、内々(護良親王の)継母に当たる准后(第九十六代後醍醐天皇の寵妃、阿野廉子やすこ)に奏聞するには、「兵部卿親王(護良もりよし親王)が帝位を奪おうと、諸国の兵を集めております。この通り証拠は明らかでございます」と、(護良親王が)国々へ下した令旨([皇太子、三后 =太皇太后・皇太后・皇后、親王、内親王、女院、仏門に入った皇子が意を下達するときの奉書形式の文書])をもって、上覧に及びました。君(後醍醐天皇)はたいそう怒って、「この宮を流罪に処すべし」と申して、中殿御会に事寄せて兵部卿親王を召されました。護良親王はそのようなこととは思いも寄らず、前駆([行列 などの前方を騎馬で進み、先導する者])二人・侍十余人とともに、忍びやかに参内しましたが、結城判官(結城親光ちかみつ)・伯耆守(名和長年ながとし)二人は、予ねてより勅を承って用意していましたので、鈴の間(校書殿きようしよでん?清涼殿の殿上の間から蔵人が小舎人を呼ぶための鈴付きの綱が張り渡してあったらしい)の辺に待ち受けてて護良親王を捕らえ、たちまち馬場殿(武徳殿。平安京大内裏の殿舎の一)に押し籠めました。


続く


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by santalab | 2016-05-29 17:06 | 太平記 | Comments(0)

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