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「太平記」四月三日合戦の事付妻鹿孫三郎勇力の事(その8)

舎弟弥九郎走り寄り、その矢を抜いて打ち捨て、「君の御敵は六波羅なり。兄の敵は御辺なり。余すまじ」と云ふ侭に、兄が金棒ををつ取り振つて懸かれば、頓宮とんぐう父子各々五尺二寸の太刀を引き側めて、小躍こをどりして続ひたり。嶋津元より物馴れたる馬上ばじやうの達者矢継ぎ早やの手利きなれば、少しも不騒、田中進んで懸かれば、合いの鞭を打つて、押しもぢりにはたと射る。田中馬手めてまはれば、弓手ゆんでを越えてちやうと射る。西国名誉の打ち物の上手じやうずと、北国無双ぶさうの馬上の達者と、追つつかへしつ懸け違へ、人交ぜもせず戦ひける。前代未聞の見物なり。去るほどに嶋津が矢種も尽きて、打ち物に成らんとしけるを見て、かくては叶はじとや思ひけん、朱雀しゆじやか地蔵堂ぢざうだうより北に控へたる小早河こばいかは、二百騎にてをめいて懸かりけるに、田中が後ろなる勢、ばつと引き退きければ、田中兄弟、頓宮父子かれこれ四人のよろひの透き間内兜うちかぶとに、各々矢二三十筋にさんじふすぢ被射立て、太刀をさかさまに突きて、皆立ちずくみにぞ死にたりける。見る人聞く人、後までもしまぬ者はなかりけり。




舎弟の弥九郎が走り寄って、その矢を抜いて打ち捨て、「君(第九十六代後醍醐天皇)の敵は六波羅よ。兄の敵はお主である。一人も逃すまい」と言うままに、兄の金棒を取って振って懸かったので、頓宮父子は各々五尺二寸の太刀を引き側めて、小躍りして続きました。島津は元より物馴れた馬上の達者矢継ぎ早やの手利きでしたので、少しも騒がず、田中が進んで懸かれば、鞭を打って、馬を引き返しながら矢を射ました。田中が馬手([右])に廻れば、弓手([左])より馬越しに矢を射ました。西国名誉の打ち物([太刀])の上手と、北国無双の馬上の達者が、追いつつ返しつ駆け違え、人も交ぜずに戦いました。前代未聞の見物でした。やがて島津の矢種も尽きて、打ち物になるのも見て、敵わないと思ったか、朱雀の地蔵堂の北に控えていた小早川が、二百騎で喚いて懸かると、田中の後ろに付いていた勢は、ぱっと引き退いたので、田中兄弟、頓宮父子それぞれ四人の鎧の透き間内兜に、各々矢が二三十筋立ち、太刀をさかさまに突いて、皆立ちすくんだ姿で死にました。見る人聞く人、後までも惜しまぬ者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-05-30 08:55 | 太平記 | Comments(0)

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