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「太平記」主上自令修金輪法給ふ事付千種殿京合戦の事(その2)

四月二日、宮、篠村しのむらを御立ちあつて、西山の峯のだうを御陣に被召、相従あひしたがふ軍勢二十万騎にじふまんぎ、谷の堂・葉室はむろ・衣笠・万石大路まんごくおほみち松尾まつのを・桂の里に居余ゐあまつて、半ばは野宿に満ち満ちたり。殿の法印良忠りやうちゆうは、八幡やはたに陣を取る。赤松入道円心は山崎にたむろを張れり。かの陣と千種殿の陣と相去あひさる事わづかに五十ごじふ余町よちやうが程なれば、方々てふじ合はせてこそ京都へは可被寄かりしを、千種の頭の中将ちゆうじやう我が勢のおほきをや被憑けん。また独り高名かうみやうにせんとや被思けん、潛かに日を定めて四月八日の卯の刻に六波羅へぞ被寄ける。あら不思議、今日けふ仏生日ぶつしやうびとて心あるも心なきも潅仏くわんぶつの水に心を澄まし、供花焼香くげせうかうきやうを翻へして捨悪修善しやあくしゆぜんを事とする習ひなるに、時日ときひこそ多かるに、斎日にして合戦を始めて、天魔波旬てんまはじゆんの道を学ばる条難心得と人々舌を翻へせり。さて敵御方の士卒源平互ひに交はれり。




四月二日に、宮(恒良つねよし親王)は、篠村(現兵庫県丹波市)を立たれて、西山の峯堂(現京都市西京区)を陣としました、相従う軍勢は、谷の堂・葉室・衣笠・万石大路・松尾・桂の里に余り、半ばは野宿をして満ちあふれました。殿法印良忠は、八幡(現京都府八幡市)に陣を取りました。赤松入道円心(赤松則村のりむら)は山崎(現大阪府三島郡島本町)に屯を張りました。かの陣と千種殿の陣と相去る事わずかに五十余町のほどでしたので、方々牒を合わせてこそ京都に寄せるべきでしたが、千種頭中将(千種忠顕ただあき)は味方の勢が多いのに安心したのか。また一人の高名にしようと思ったのか、密かに日を定めて四月八日の卯の刻([午前八時頃])に六波羅に寄せました。何と不思議なことか、今日は仏生日でしたので心あるも心なきも潅仏([釈迦の誕生日である四月八日に、花御堂に安置した釈迦像に甘茶を注ぎ礼拝する法会])の水に心を澄まし、供花焼香に経を翻えして捨悪修善に務める日でした、時日こそ多くあるのに、斎日に合戦を始めて、天魔波旬([欲界最上位の第六天にいる天魔])の道を学んでのことかと非難しました。ともかく敵味方の士卒は源平それぞれ混じ合っていました。


続く


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by santalab | 2016-06-04 22:02 | 太平記 | Comments(0)

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