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「太平記」主上自令修金輪法給ふ事付千種殿京合戦の事(その4)

去るほどに忠顕ただあき朝臣、神祇官じんぎくわんの前に控へて勢を分けて、上は大舎人おほどねりより下は七条まで、小路こうぢごとに千余騎づつ指し向けて責めさせらる。武士は要害を拵へて射打ちを面に立てて、馬武者を後ろに置きたれば、敵のひるむところを見て懸け出で懸け出で追つ立てけり。官軍くわんぐん二重にぢゆう三重に荒手を立てたれば、一陣引けば二陣入り替はり、二陣打ち負くれば三陣入り替はつて、人馬に息を継がせ、煙塵えんぢん天をかすめて責め戦ふ。官軍も武士も諸共に、義に依つて命をかろんじ、名をしんで死を争ひしかば、御方を助けて進むはあれども、敵に遇うて退くはなかりけり。かくてはいつ可有勝負とも見へざりけるところに、但馬・丹波の勢どもの中より、兼ねて京中に忍びて人を入れ置きたりける間、ここかしこに火を懸けたり。時節をりふし辻風烈しく吹いて、猛煙みやうえん後ろに立ちおほひければ、一陣に支へたる武士ども、大宮面おほみやおもてを引き退きてなほ京中に控へたり。六波羅これを聞いて、弱からん方へ向けんとて用意を残し留めたる、佐々木の判官時信ときのぶ隅田すだ・高橋・南部・下山・河野かうの陶山すやま富樫とがし小早河こばいかはに、五千余騎を差しへて、一条・二条にでうの口へ被向。この荒手に懸け合つて、但馬の守護大田三郎左衛門被打にけり。




やがて忠顕朝臣(千種忠顕)は、神祇官の前に控えて勢を分けて、上は大舎人(現京都市下京区)より下は七条まで、小路ごとに千余騎ずつ差し向けて攻めました。武士は要害を設けて射打ち([射手])を面に立てて、馬武者を後ろに置いて、敵がひるむところを駆け出て追い立てました。官軍は二重三重に新手を出して、一陣が引けば二陣が入れ替わり、二陣が打ち負ければ三陣が入れ替わって、人馬に息を継がせ、煙塵([戦塵])が天に届くほどに攻め戦いました。官軍も武士もともに、義に依って命を軽んじ、名を惜しんで死を争ったので、味方を助けて進む者はあれども、敵に遭って退く者はいませんでした。こうしていつ勝負が付くとも見えませんでしたが、但馬・丹波の勢どもの中より、予ねて京中に忍び人を入れ置いていたので、あちらこちらに火を懸けました。ちょうど辻風が激しく吹いていたので、猛煙が背後を覆ったので、一陣で戦っていた武士どもは、大宮面を引き退いて京中に控えました。六波羅ではこれを聞いて、弱い方へ向けようと用意して残し留めていた、佐々木判官時信(佐々木時信)・隅田・高橋・南部・下山・河野・陶山・富樫・小早川に、五千余騎を差し添えて、一条・二条の口に向かわせました。この新手と駆け合って、但馬守護太田三郎左衛門が討たれました。


続く


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by santalab | 2016-06-06 07:50 | 太平記 | Comments(0)

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