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「太平記」主上自令修金輪法給ふ事付千種殿京合戦の事(その7)

千種殿は小嶋に云ひはぢしめられて、しばしは峯のだうにおはしけるが、「敵もし夜討ちにや寄せんずらん」と云ひつることばに被驚て、いよいよ臆病心おくびやうごころや付き給ひけん、夜半過ぐるほどに、宮を御馬おんむまに乗せ奉つて、葉室はむろの前を直違すぢかひに、八幡やはたを指してぞ被落ける。備後の三郎、懸かる事とは思ひも寄らず、夜深け方に峯堂を見遣れば、星の如くに耀かかやき見へつる篝火次第に数消えて、所々しよしよに焚きすさめり。これはあはれ大将の落ち給ひぬるやらんと怪みて、事のやうを見ん為に、葉室大路はむろおほちより峯の堂へ上るところに、荻野をぎの彦六朝忠ともただ浄住寺じやうぢゆうじの前に行き合ひて、「大将すでに夜部よべの子の刻に落ちさせ給ひて候ふ間、無力我らも丹後の方へと心ざして、罷り下り候ふなり。いざさせ給へ、打ち連れ申さん」と云ひければ備後三郎おほきに怒つて、「かかる臆病の人を大将と憑みけるこそ越度をちどなれ。さりながらも、ぢきに事の様を見ざらんは後難もありぬべし。早や御とほり候へ。高徳たかのりは何様峯の堂へ上つて、宮の御跡を奉見て追つ付き可申」と云ひて、手の者兵をば麓に留めてただ一人、落ち行く勢の中を押し分け押し分け、峯の堂だうへぞ上りける。




千種殿(千種忠顕ただあき)は小嶋(児島高徳たかのり)に辱しめられて、しばらくは峯堂にいましたが、「敵がもしや夜討ちに寄せるかもしれません」と言う言葉に驚いて、ますます臆病心が付いたのか、夜半を過ぎるほどに、宮(恒良つねよし親王)を馬に乗せて、葉室(現京都市西京区)の前を筋違いに、八幡(現京都府八幡市にある石清水八幡)を指して落ちて行きました。備後三郎(児島高徳)は、そのようなこととは思いもよらず、夜深け方に峯堂を見上げると、星の如くに輝いて見える篝火は次第に消えて、所々に燃えるばかりでした。これはもしや大将が落ちたのではないかと怪しんで、様子を見るために、葉室大路より峯堂に上るところに、荻野彦六朝忠(荻野朝忠)と浄住寺(現京都市西京区にある寺院)の前で行き合うと、「大将はすでに夜部の子の刻([午前二時頃])に落ちて行かれました、仕方なく我らも丹後の方へと心ざして、下るところです。どうぞ、一緒に参りましょう」と申せば備後三郎はたいそう怒って、「そのような臆病の人を大将と頼んだことこそ情けない。とは言え、この目で見ないうちは後難ともなろう。通られるがよい。この高徳は峯堂へ上って、宮(恒良親王)の跡を見てから追い付こう」と行って、手の者兵を麓に留めてただ一人、落ち行く勢の中を押し分け押し分け、峯堂に上りました。


続く


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by santalab | 2016-06-09 07:34 | 太平記 | Comments(0)

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