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「太平記」足利殿着御篠村則国人馳参事(その2)

元来高山寺かうせんじに立て篭もりたる足立・荻野をぎの・小島・和田・位田ゐんでん本庄ほんじやう平庄ひらじやうの者ども許りこそ、今更人の下風したてに可立にあらずとて、丹波より若狭へ打ち越えて、北陸道ほくろくだうより責め上らんとはくはだてけれ。その外久下くげ・長沢・志宇知しうち山内やまのうち葦田あしだ余田よだ酒井さかゐ・波賀野・小山をやま波々伯部はうかべ、その外近国の者ども、一人も不残馳せ参りける。篠村しのむらの勢無程集まつて、その数既に二万三千余騎に成りにけり。六波羅にはこれを聞いて、「さては今度の合戦天下の安否たるべし。もし自然に打ち負くる事あらば、主上しゆしやう上皇しやうくわうを取り奉つて、関東くわんとう下向げかうし、鎌倉に都を立てて、重ねて大軍を揚げ、凶徒を可追討」と評定あつて、去る三月より北の方のたちを御所にしつらひ、院内ゐんだいを行幸成し奉らる。




元より高山寺(現京都市右京区にある寺院)に立て籠もっていた足立・荻野・小島・和田・位田・本庄・平庄の者どもは、今さら人の下に立つべきにあらずと、丹波より若狭へ打ち越えて、北陸道より攻め上ろうと企てていました。そのほかの久下・長沢・志宇知・山内・葦田・余田・酒井・波賀野・小山・波々伯部、そのほか近国の者どもは、一人も残らず馳せ参りました。篠村(現京都府亀岡市)の勢はほどなく集まって、その数はすでに二万三千余騎になりました。六波羅ではこれを聞いて、「さては今度の合戦が天下の安否を決することになろう。もし打ち負けるようなことあらば、主上(北朝初代光厳天皇)・上皇(第九十三代後伏見院、第九十五代花園院)をお連れし、関東に下向し、鎌倉に都を立てて、再び大軍を上げて、凶徒を追討すべし」と評定があって、去る三月より北方(六波羅探題北方、北条仲時なかとき)の館を御所に設えて、院内(光厳天皇、後伏見院、花園院)を移されました。


続く


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by santalab | 2016-06-12 07:48 | 太平記 | Comments(0)

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