Santa Lab's Blog


「太平記」足利殿着御篠村則国人馳参事(その3)

梶井かぢゐ二品にほん親王しんわうは天台の座主にてましませば、たとひ転反てんへんすとも、御身に於いては何の御怖畏ふゐか可有なれども、当今たうぎんの御連枝にてましませば、しばしは玉体に近付きまゐらせて、宝祚はうその長久をも祈り申さんとにや、これも同じく六波羅へ入らせ給ふ。しかのみならず国母こくぼ皇后くわうぐう女院にようゐん北政所きたのまんどころ三台さんたい九卿きうけい槐棘くわいきよく三家さんかの臣・文武百司ぶんぶはくしの官・並びに竹園ちくゑん門徒の大衆だいしゆ・北面以下いげ諸家しよけさぶらひちご女房にようばうたちに至るまで我も我もとまゐり集まりける間、京中はたちまちにさびかへり、嵐の後の木の葉の如く、己が様々散ち行けば、白河しらかははいつしかさかえて、花一時の盛りを成せり。




梶井二品親王(第九十三代後伏見天皇の第六皇子、承胤しよういん法親王)は天台座主でしたので、たとえ転変するとも、身に何の怖畏もありませんでしたが、当今(北朝初代光厳天皇)の連枝([兄弟])でしたので、しばしは玉体に近付き参らせて、宝祚([天子の位])長久を祈ろうとされたのか、同じく六波羅に入られました。こればかりでなく国母・皇后・女院・北政所・三台([三公。太政大臣・左大臣・右大臣の称])・九卿([中国の官名。三公に次ぐ九種の中央行政長官の総称])・槐棘([公卿。宮廷の人])・三家([公家の三家。閑院・花山院・中院の三つの公家の称])の臣・文武百司の官・並びに竹園([天子の子孫。皇族])門徒の大衆([僧])・北面([北面の武士]=[院の北面に詰めて近侍した武者])以下諸家の侍・稚児、女房たちにいたるまで我も我もと参ったので、京中はたちまちにひっそりとして、嵐の後の木の葉の如く、己のままに様々散ち行けば、白川(京都市東山区)はいつしか栄えて、花が一時に盛りを迎えたようでした。


続く


[PR]
by santalab | 2016-06-13 08:25 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」足利殿着御篠村則国人...      「太平記」足利殿着御篠村則国人... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧