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「太平記」足利殿着御篠村則国人馳参事(その4)

これも幾程の夢ならん、移り変はる世の在様ありさま、今更被驚もことわりなり。「それ天子は四海しかいを以つて為家」といへり。そのうへ六波羅とても都近き所なれば、東洛渭川とうらくゐせん行宮あんきゆう、さまで御心を可被令傷には非ざれども、この君御治天ちてんの後天下つひに不穏、剰へ百寮忽ちに外都ぐわいとの塵に交はりぬれば、これ偏へに帝徳の天に背きぬるゆゑなりと、罪一人いちじんに帰して主上しゆしやう殊に歎き被思召ければ、常は五更の天に至るまで、よん御殿をとどにも入らせ給はず、元老げんらう智化ちくわの賢臣どもを被召て、ただ尭舜湯武げうしゆんたうぶの旧き迹をのみ御たづねあつて、かつ怪力くわいりよく乱神のいたづらなる事をば不被聞食。卯月うづき十六日は、中のさるなりしかども、日吉の祭礼もなければ、国津御神くにつみかみも浦さびて、御贄みにへ錦鱗きんりん徒らに湖水こすゐの浪に撥辣はつらつたり。十七日じふしちにちは中のとりなれども、賀茂の御生所みあれもなければ、一条大路いちでうのおほぢ人澄みて、車を争ふ所もなし。銀面空しく塵積もつて、雲珠うんじゆ光を失へり。「祭は豊年にも不勝、凶年にも不減」とこそいへるに、開闢かいびやくよりこの方無闕如両社の祭礼も、この時に始めて絶えぬれば、神慮も如何と測り難く、恐れあるべき事どもなり。




いつまで続く夢なのか、移り変わる世の有様を、今更ながら驚くのも当然でした。「天子は四海([国内])を以って家となす([天子の任務の範囲が広大であること])」といいます。その上六波羅はとても都に近い所でしたので、東洛渭川([中国陝西せんせい省中央部を流れる川])の行宮([一時的な宮殿])に、さほど心を痛めることはありませんでしたが、この君(北朝初代光厳天皇)が治天の後天下は遂に穏やかならず、その上百寮([多くの役人])がたちまちに外都の塵に交わることになりました、これはひとえに帝徳が天に背いた故であると、罪は一人([天皇])に帰して主上は殊更に悲しまれて、常は五更([午前三時~五時])の天に至るまで、夜の御殿([御寝所])にも入られず、元老([官位・年齢が高く、声望のある功臣])智化([主要の者])の賢臣どもを召されて、ただ尭舜([中国、古代の伝説上の帝王、尭と舜。徳をもって天下を治めた理想的な帝王とされる])湯武(湯王=殷王朝の創設者。と武王=周朝の創始者)の旧跡をのみお訊ねになられて、まったく怪力乱神([道理に背いたこと、理性で説明がつかないようなもの])のようなものを聞かれることはありませんでした。卯月([四月])十六日は、中の申でしたが、日吉(現滋賀県大津市にある日吉大社)の祭礼もなく、国津神も浦さびて(『楽浪ささなみの 国つ御神の うらさびて 荒れたる都 見れば悲しも』=『楽浪=漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼして朝鮮半島においた四つの郡の一。の地を支配する神の威力が衰えて、荒れてしまった都の跡を見れば悲しい』)、贄の錦鱗がいたずらに湖水の波の上を跳ねていました。(五月)十七日は中の酉でしたが、賀茂の御生(加茂の祭の三日前に行われる祭典)もなく、一条大路には人もなく、車を争うこともありませんでした。銀面([唐鞍を付ける時、馬の面に付ける銀めっきの装飾具])には空しく塵が積もり、雲珠([唐鞍からくらのしりがいに付ける宝珠の形をした飾り])は光を失いました。「祭は豊年にも増すことなく、凶年に減ることもなし」といいますが、開闢([天と地が初めてできた時])よりこの方欠くことがなかった両社(上賀茂神社・下鴨神社)の祭礼も、この時にはじめて絶えて、神慮もいかがと測り難く、恐れあるべきことでした。


続く


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by santalab | 2016-06-14 07:14 | 太平記 | Comments(0)

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